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式内社 紀伊國在田郡 須佐神社 名神大 月次新嘗 旧県社 素盞嗚尊 有田市千田にある。和歌山から42号線を南下し、 有田川を越え、箕島あたりで、20号線にはいり、 立神社横をまっすぐ走っていると道路に鳥居があり、 鳥居をくぐって、さらに走ると到着。 階段を登ると正面に白馬の像があり、腹に桃紋。 丘の上にあるのだが、鈴門から拝殿、本殿と、 かなりの奥行きを感じる境内。 参道脇には末社が並んでおり、白鹿の像なども見える。 和歌山滞在最終日だったので、かなり早めに参拝。 社殿横に住居を兼ねた社務所があったが、御朱印は遠慮した。 中門に、桃紋の額があったので、サンプルして掲載した。
『神社縁起』及び『紀伊続風土記』には、
和銅6年に奈良の吉野・西川峰より勧請し、 最初、中雄山山頂に奉斎していたが、 西に面し海に向かっているため、海上往来の船舶が恭謹しないと 難破したので、元明天皇の勅令により、麓へ移したとある。 |
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須佐神社(お千田さん) 有田市千田一六四一 紀勢線箕島駅三四粁 祭神 素盞嗚尊 例祭 一〇月一四日 神紋 桃 本殿 春日造 一二坪 境内 一五、三三二坪 末杜 一一社 社宝 太刀(因州影長作・重文) 氏子 九六八戸 神事と芸能 神輿渡御・鯛投げ神事(例祭) 由緒 和銅六年、大和国吉野郡西川峰より勧 請されたと伝えられる。江戸時代には藩主紀 伊徳川氏の歴代の崇敬社として、社殿の造営 修復等は藩費でなされ、吉宗奉納の太刀があっ た。延喜式神名帳に記されている名神大社で、 貞観元年従五位上に、紀伊国神名帳には従一 位とある。明治四年県社に列せられた。 −『全国神社名鑑』− |