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酒垂神社
さかたるじんじゃ
[兵庫旅行] 兵庫県豊岡市法花寺字長楽寺725−1  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 但馬國城崎郡 酒垂神社
旧村社

御祭神
酒美津男命 酒美津女命

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の東5Kmほどの法花寺に鎮座。
円山川を越えて東へ進み、160号線をさらに進み
白雲山方面へ入っていくと、道がカーブしている場所、
法花寺会館広場の近くに、南向きの境内がある。

石の垣に囲まれた境内入口には鳥居が建っており、
境内に入ると、参道の左右に、垣に囲まれて「甕石」がある。
左の甕石は少し丸みがあり、右の甕石は尖った形。
参拝時には、「鶴石・亀石」だと思った記憶がある。

境内は砂地で、中央に参道。
その参道の正面に、瓦葺の拝殿。
その後方に本殿覆屋があり、覆屋の中に重要文化財の本殿。
室町時代の建立だが、江戸時代の大改修によって形態が変更されていたが
昭和43年から始まった調査および解体修理で、
室町時代の容姿に復旧されたらしい。

当地周辺には、飛鳥時代から奈良時代にかけての
法花寺須恵器窯跡群があり、4か所の窯場あったらしい。
(シイダニ窯跡群、タニオカ窯跡群、コヤマ窯跡群、カマド窯跡群)

創祀年代は不詳。
境内案内によると、白鳳三年(675)の夏、
当地方を治めていた郡司・物部韓国連久々比命が
贄田の酒所を定め、酒解子神・大解子神・子解子神の酒造神を祀って
醸酒し、これを祖神に供えて五穀豊穣を祈願した。
その斎殿が、当社の発祥であるという。

祭神は、杜氏の祖神、酒造司の守護神である
酒美津男命と酒美津女命。
別名、大倉大明神とも大蔵大明神とも記され
拝殿扁額にも「酒垂神社」と並んで「大蔵大明神」の名が掲げられている。

境内の左右に境内社が三社。
境内左手には、赤い鳥居の稲荷社と八幡社。
右の境内社は山ノ神社(あるいは山ノ口社)。


社頭

鳥居

境内社殿

甕石と境内

左の甕石

右の甕石

社殿

本殿覆屋

本殿

本殿

稲荷と八幡

山神社

御由緒
酒垂神社は、いわゆる式内社で起源も古く、物部韓国連久々比命が、五穀豊穣を祈って酒造神、酒弥豆男命(さかみずおのみこと)を祀ったとされる。境内に隣接して酒米を作った神田があり、酒造用水として、奥の谷あいにわく清水を使っていた。明治以降自由な酒造が禁止されてから氏子らは、手作りの甘酒を供えている。
この神社の名が一般に知られるようになったのは、三十余年前、専門家の調査で、本殿が室町時代の建造物とわかり、昭和三十三年に国の重文に指定されたことから。その後、全国的な解体修理が行われた。その際、永享十年(一四三八年)の棟札が見つかったほか「大伴久清、小工十二人」と書きつけたものもあった。創建時の棟りょうの名がわかることは比較的珍しいケースという。そんな記述から、当時資金を工面しながら十数年がかりで建てた様子などがうかがえる。
こけらぶきの本殿は、鮮やかな朱塗りが修理の跡を物語るが、すっぽりと覆い家の中に収まり、古社建築を楽しむにはちょっとじゃまになる。だが折からの強い秋雨を見て、この囲いがあったからこそ、本殿も数百年の風雪に耐えてきたのか、と変に納得させられた。冬の豪雪は折り紙つきなのだから。様式は一間社流れ造り。数キロ離れた中嶋神社が二間社、久々比神社が三間社で、同じころ相次いで建てられたらしく、いずれも国指定の重文である。
境内では、かつて村芝居が行われたり、北但酒造組合が利き酒会を開いたり、にぎわうこともあったが、今では秋祭りぐらいという。それでも、杜氏(とうじ)さんが酒の神様を拝みに来たり、研究家が訪れたり、幼稚園児が小遠足で弁当を広げたりの光景も見られる。
境内入り口の左右に瓶(かめ)石がある。酒をくみ入れる瓶を指すようだが、一方は大杉を切った跡から見つかった。以前に調査した学者が「杉の下にある」との予言通りとなった。棟札もさることながら、まだ眠っているものがあるのでは、と境内を見渡しながら想像を刺激される。

−『平成祭データ』−



祭神
酒垂神社は杜氏の祖神・酒造司の守護神である 酒弥豆男命(大蔵大明神)酒弥豆女命を祀る社である。
神社の発祥
白鳳三年(六七五)の夏、この地方を治めていた郡司 物部韓国連久々比命が贄田(神に供える米を 穫る田)に酒所をつくり、酒解子神・大解子神・ 子解子神の酒造神を祀って酒を醸造し、これ を祖神に供えて五穀豊穣を祈願したという伝説 があり、その時の斎殿が酒垂神社の発祥である と云われている(国史文書による)。
式内社
勅旨、天子のご意志によって延長五命(九二七)に制定された 延喜式・神名式の内に但馬国城崎郡廿一座のうち小廿座 の一つとして酒垂神社が誌されており、いわゆる式内社と して当地方では古くから崇敬された由緒ある神社である。

−境内案内板−



重要文化財 酒垂神社本殿 畧記
 酒垂神社は杜氏の祖神酒造司の守護神である酒 弥豆男命・酒弥豆女命(大蔵大明神)を祀る社である。
 神社の創立は今から千三百年の昔この地方を治め ていた郡司物部韓国連久々比命が贄田に酒所を 定めて醸酒した砌、酒解子神等酒造神三柱を祀 ったのが発祥であると伝えられている。延長五年(927) 勅旨によって制定された延喜制神明式には但馬 城崎郡廿一座の一つに酒垂神社の名が誌され(式内 社と云う)、古くから朝野において崇敬された由緒あ る神社である。
 今の本殿は社蔵の棟札によると永享十年(一四三八) 釿始・嘉吉元年(一四四一)柱立・文安元年(一四四四)遷 宮・造営の大工は伴大夫大伴久清で蟇股にはこの 時の墨書も誌されている。建物は一間社流造こけら 葺で、木割の太い柱に三ツ斗組をのせ、中備えは半肉 彫の蟇股を飾り、妻組は虹梁大瓶束を組む。これら の建築細部技法は当時の建築様式の特徴を示す 優れたもので、殊に建立年代や工匠名が明確であり、 建築史上価値の高い神社建築遺構として昭和三 十三年五月に国の重要文化財指定をうけ、棟札も 附指定された。
 本殿は江戸中期の大改造によって形態が改変され覆 屋に囲われていたが、昭和四十三年から翌四十四年にかけ て文化庁指導のもとに解体修理があり、その際の調査 で身舎は旧規がほゞ解明され、軒廻り、柱間装置、天 井などは建立当初の形式に復された。しかし旧部材の残 存しなかった庇や縁廻りは江戸中期の改修等による形を踏 襲して修理されたが、欠失していた屋根を復し、全般 には室町時代の容姿に復旧整備された。
 覆屋も本殿の修理を同時に改築された。


−境内石碑−



最終更新日:2013/10/09
【 酒垂神社 (豊岡市) 】

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