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式内社 大和國城上郡 殖栗神社 殖栗王,天児屋根命 |
桜井から西へ、上之庄にある。
神社へ向う途中から雨が降り始めた。
さっぱりとした境内・拝殿の裏に回ると、鮮やかな朱の本殿が目に入る。
撮影していると近所のおばあさんが参拝に来た。
こっちの撮影が終わるのを待っているようなので、
「すみません。どうぞ」と声をかける。
その後、少し話を聞いたところ、今年(2000年)正月に
屋根を吹き替え、塗りなおしたらしい。
どうりで、屋根はキンピカな銅版で、社殿の朱も美しい。
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上之庄集落南西隅、寺川の右岸に鎮座。もと
は同集落北東隅の初瀬川南岸、上街道のすぐ西、
小字江繰にあったと伝える。祭神は殖栗王・天
児屋根命。「延喜式」神名帳の城上郡「殖栗神社」
とされるが、江戸期の石灯籠には「三十八社」と
刻み、明治七年(一八七四)頃までは三十八社神
社と称していた。同四〇年小字十ノ森(とうのもり)にあった
春日神社を合祀、十ノ森の近くに字江繰があっ
たため社名を殖栗神社と改めた。春日神社の祭
神は不詳であるが、江戸初期には「藤森(とうのもり)、六神」
と記され、六柱の神を祀っていた。殖栗については
「日本書紀」に殖栗王・殖栗皇子の名がみえ、
また「春日社記」に、鹿島(現茨城県鹿嶋市)の神を
大和へ奉遷する際、随行の時風・秀行に殖栗連
の姓を賜ったことが記されている。
−大和・紀伊『寺院神社大事典』− |