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式内社 大和國葛上郡 高鴨阿治須岐託彦根命神社四座 並名神大 月次相嘗新嘗 旧県社 御祭神 味耜高彦根命 下照姫命(妹) 天稚彦命(妹婿) 田心姫命(母:現在は境内西神社) |
葛城鴨神にある。ここから御所まで歩いたが結構な距離だった。
五月だったが、汗だくになった。自動車の往来も多く、参った。
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高鴨神社 奈良県御所市鴨神。旧県社。祭神は味鋤高彦根命(大国主命の御子神)である。本神社をもって『延喜式』に記載の「高鴨阿治須岐託彦根命神社四座」にあてている。『出雲国造神賀詞』の中に「大穴持命の申し給はく、皇御孫命の静り坐さむ大倭国と申して……己命の御子阿遅須伎高孫根命の御魂を、葛木の鴨の神奈備に坐せ……皇御孫命の近き守神と貢り置きて……」とあって、国つ神である。大田田根子の孫賀茂積命がこの神を奉じて、代々賀茂(鴨)氏が祭祀に当ったが、『続日本紀』天平宝宇八年(七六四)一一月の条に「昔、大泊瀬天皇(雄略天皇)葛城山に狩し給ふ。時に老夫ありて、毎に天皇と獲を争ふ。天皇これを怒りて其の人を土佐の国に流す。先祖の主る神、化して老夫となる。ここに放逐せられる」という経緯があったが、子孫の賀茂朝臣田守と兄法臣円興の奏言によって、淳仁天皇の同年月の七日に、再び土佐から戻して再興されたと伝承されている。葛城系の神は荒ぶる神である。その後、貞観元年(八五九)には従一位にのぼり、『延喜式』では名神大社に列し、祈年・月次・相嘗・新嘗の各条には案上の官幣にあずかった。本神社は別名として拾篠社・上津賀茂社ともいわれ、また本神社を高鴨、葛木御歳神社を中鴨、鴨郡波神社を下鴨とも呼んでいる。なお、本殿(三間社流造・檜皮葺)は天文一二年(一五四三)の再建といわれ重文指定。例祭四月一五日、一〇月一一日。
−『神社辞典』− |