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高積神社 下宮
たかつみじんじゃ しもみや
[和歌山旅行] 和歌山県和歌山市禰宜1390  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に五三の桐


変わり焔宝珠

式内社 紀伊國名草郡 高積比古神社
式内社 紀伊國名草郡 高積比賣神社
旧村社

御祭神
都麻都比賣命 五十猛命 大屋都比賣命

高積比古神 高積比賣神 『紀伊國名所圖會』

高積比古神 高積比賣神
天照皇大神 須佐男命 八王子神 大山祇神(以上 四柱神社合祀)
應神天皇 神功皇后 比賣大神(以上 八幡神社合祀)
氣津別神(以上 氣鎮神社合祀) 『海部郡神社明細帳』

紀ノ川の南、布施屋駅の南にある高積山(237m)西麓。
祢宜の集落の奥に鎮座している。
境内左手の道を山頂へ進むと、上宮がある。

境内は、あまり広くなく、鳥居・瑞垣・本殿と、幾つかの末社。
社務所が境内左手にある。住居を兼ねているようで、専任宮司がおられるようだ。

上下に分かれている神社で、上宮を「高三所大明神」、下宮を「気鎮神社」と呼ぶ。
地元では「高御前」と呼ぶ場合もある。

立地的には、官社にふさわしい神社だが、国史には表れていない。

社殿には、桐紋と、もう一つ「宝珠」のような紋が付いていた。
とりあえず、「変わり焔宝珠」としたが、自信はない。

「高大明神雑掌申状案」によると、
昔は、日前國懸神宮が鎮座している場所にあったが、
山東へ遷座し、その後、和佐高山(高積山)へ移ったとある。

伊太祁曽神社にも同様の社伝があり、山東へ遷座した。
高積神社は、その伊太祁曽神社から別れ祀られた神社ということになる。

伊太祁曽神社祭神は五十猛命、当社祭神はその妹神とされる都麻都比賣命

しかし、延喜式神名帳には、高積比古神社・高積比賣神社とは別に、
都麻都比賣神社(名神大)が記載されている。
「タカツミ」と「ツマツヒメ」の類似による付会ではないだろうか。
本来の祭神は、高積比古神・高積比賣神であったものが、
五十猛命人気により、その妹神とされたと見るべきだろう。と思う。

拝殿はなく、瑞垣内に本殿がある。
境内入口鳥居の階段や瑞垣内の石組みが、少し歪な状態になっていた。


鳥居

境内社

境内

社殿

本殿

本殿

高積山(二三七メートル)、通称和佐山山頂に位 置する。和佐山が「和佐の高山」ともよぱれてい たことから、当社は高社・高官・高御前ともよば れる。旧村社。祭神は都麻都比売命で、相殿に 大屋都比売命五十猛命の二神を祀り、合せて 三神を祀るので高三所明神ともいわれる。 「紀伊国名所図会」は高御前神社と記し、その 祭神について「山のうへにあり、祀る神三座高 津比古神・高津比売神・気鎮社」と記す。延享三 年(一七四六)の南紀神社録(和歌山県立図書館蔵) の「高積比古神社・高積比女神社」の項にも「在和 佐山、今以高積彦姫社及気鎮社称高三所神」と あり、両書とも都麻都比売命を祀る神社は山東 の都麻津姫神社(現和歌山市吉礼)であるとする。 これに対して「続風土記」は寛文記の説を引き、 祭神は都麻都比売神で、高積彦・高積姫の二神 が祭神であるというのは「高」の一字が同じであ ることからの付会にすぎないとし、「南紀神社 録」などがいう山東の都麻津姫神社は、本来吉 礼津比売命を祀るべき社であるとする。また 「続風土記」は平尾村(現和歌山市)の妻大明神社を 都麻都比売神社にあてる説をあげる。
 日前国懸神宮(現和歌山市)と和佐荘との間で 起った水論の際の永享五年(一四三三)六月日 の和佐荘高大明神雑掌言上状写(湯橋家文書)に 「就中当宮本末之儀、為井溝可為無益歟、雖然 今神宮領芦原千町者、為当社手力雄尊敷地鎮坐之 処、日前・国懸影向之刻、去進彼千町於両宮、 御遷坐山東、其後又御遷坐和佐高山以来」とあ り、高積神社は現在の日前国懸神宮の鎮座地に あったが、鎮座地をゆずって山東を経て和佐高 山に移ったとしている。同様に遷座したという 伝えをもつ社に伊太祁曾・大屋都姫両神社があ り、「続日本紀」大宝二年(七○二)二月二二日条 に「是日、分遷伊太祁曾、大屋都比売、都麻都 比売三神社」とあることを考え合せて、「続風土 記」は高積神社は両社と同時に分遷された都麻 都比売命を祀る社である可能性は高いとしてい る。
 都麻都比売命は五十猛命・大屋都姫命ととも に伊太祁曾三神とよぱれ、「日本書紀」神代上の、 宝剣出現の段の一書にみえ、五十猛命らととも に紀伊国に木種をもたらした神と伝えられる。 大同元年(八○六)の牒(新抄格勅符抄)では都麻頭 比売神に神戸一三戸が給されている。また「和 名抄」には名草郡に津麻(津摩)郷がみえ、これは 「津麻神戸」を意味すると考えられる。「延喜式」 神名帳の名草郡には「都麻都比売神社名神大、月次新嘗」 と記され、神階は「三代実録」貞観元年(八五九) 正月二七日条で、他の伊太祁曾二神とともに従 四位下を叙位されている。しかし、「紀伊国神 名帳」では伊太祁曾神が正一位であるのに対し て、従四位上にとどまっている。
 鎌倉時代になると、和佐荘の領家藤原某から 元応二年(一三二○)一一月・元亨元年(一三二一) 五月の二回にわたって山林や田地を寄進されて いる(歓喜寺文書)。室町時代には和佐荘と日前国 懸宮との用水相論において、和佐荘側によって 高積神社は日前宮に対抗する権威とされており、 荘内での地位の高さを示している。明治四三年 (一九一○)には高積山麓の気鎮社をはじめ、現 和歌山市和佐地区内の十数社を合祀した。例祭 日は一○月一五日。

−『大和・紀伊 寺院神社大事典』−



最終更新日:2013/10/09
【 高積神社下宮 】

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