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安倍晴明 |
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稲住神社略記
一、祭神 安倍晴明卿(日本に於ける天文暦学の始祖)一、由緒 このあたりは明治以前池がある広場で農家が稲束を積んでいた為、稲住の社名が生まれたと伝える。もともと梅小路八条のこの一帯は平安時代以後、陰陽道を以って朝廷に仕えた土御門家(安倍晴明卿の子孫で代々陰陽頭に任じ天文・暦の両博士を兼ねた。明治以後は子爵家)の屋敷のあった所で一町四方の邸内は北部が住居、南部が祭場となっていて祭場には祭壇本宮権殿その他の諸建物があり代々天皇の御即位に当って聖寿の長久を祈る天曹地府祭を行なった。貞亨元年(一六八四)幕府の天文方澁川春海は貞亨暦を作り陰陽頭土御門泰福と共にこの地に星台を建て渾天儀で天体を観測しその正確さを證明した事は史上に明らかである。土御門家の祖晴明卿を祀る当社がここの存する由縁深いものがあろう。 因みに、土御門家代々の墓碑は梅林寺にある。 一、祭日 十一月十六日前後の日曜日 −境内由緒書き− |