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 ごこうのみや
[京都旅行] 京都府京都市伏見区御香宮門前町174

式内社 山城國紀伊郡 御諸神社
旧府社

主祭神 神功皇后
相殿 仲哀天皇,応神天皇,宇倍大神,瀧祭大神,高良大神,莵道稚郎子,白菊大神,河上大神

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桃山御陵前駅の近く。24号線の西にある。
参道が長く、境内社が多い。

創祀不詳。
豊臣秀吉は、伏見城築城の際、神社を遷したが、
徳川家康が、元地に戻したという。
ということで、重要文化財の表門は伏見城の大手門、
拝殿は車寄を、徳川頼宣・頼房が寄進したもの。

詳細不明の祭神が多い。

社殿の前に「御香水」が沸いている。
参拝時にも、何人か汲みに来られていた。


拝殿の装飾が美しい。本殿前に随神の人形。京都らしい神社かな。


御香宮神社
当社は安産と子育ての神様「神功皇后」をお祀りしています。初めは「御諸神社」といい ましたが、八六二年(貞観四年)九月、境内に清泉が湧いてその芳しさが四方に広がり、 様々な奇跡が起こって、清和天皇より「御香宮」の名を頂きました。中世に伏見宮家の庇 護を受けて伏見庄九郷の産土神として信仰を集め、近世には豊臣秀吉の寄進を受け、また 一六〇五年(慶長十年)徳川家康は現在の地へ現本殿を建て、社領三百石の寄進も受けま した。特に伏見で誕生した紀伊、水戸、尾張三侯の藩祖は、いずれも当社を産土神とあが め、江戸時代に社名が益々高まりました。
一八六八年(慶応四年)一月、伏見鳥羽の戦いに、当社は薩摩藩の陣営となり、大手筋を へだてて南の伏見奉行所の幕府軍と戦いましたが、幸いにして戦火を免れました。
十月一日から十日までの「神幸祭」は古くから「伏見祭」と呼ばれて、今も落南一の大き なお祭として有名です。

−境内案内−


境内には境内社が多い。目に付いたものを掲載。