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式内社 紀伊國牟婁郡 熊野坐神社 名神大 旧官幣大社 本殿(證証殿) 家都美御子大神(素戔嗚尊) 東御前(若宮) 天照皇大神 西御前(速玉宮・結宮) 御子速玉大神,熊野牟須美大神 式内社調査報告では、下記十二社のうち、上四社を祀つる。
神道大系では以下の記述。
昭和6年発行の熊野坐神社社務所発行の 「熊野坐神社由緒記」では上四社は以下の記述。
家津美御子を本殿とする説と熊野牟須美を本殿とする説があるようだ。
家津美御子を本殿とすると、若宮に天照大神が祭られているのはおかしな話だ。 もとは若一王子と呼ばれていたようだ。 昔インドの摩訶陀国の王、善財王には1000人の后がいた。 一番の醜女、善法女御は王の訪問がなく嘆いていたが、 千手観音のご利益で絶世の美女になった。 その後、王は善法女御のもとにいりびたることになる。 999人の后は、これを憎く思い、色々と画策するが失敗。 ついに妊娠している善法女御を山中で暗殺する。 死の直前産まれた王子は、十二頭の虎に守護される。 喜見上人は、十羅刹女の告げにより、山中で王子を発見し、 善財王のもとへ連れ帰る。王は、これを嘆かれ、 国を離れる決意をし、五本の剣を投げて行き先を占うと、 第一の剣は紀伊国牟婁郡(神蔵)に、 第二の剣は筑紫国英彦山に、第三の剣は陸奥国中宮山に、 第四の剣は淡路国和に、第五の剣は伯耆国大山に留まった。 王、王子、上人の三人を乗せた飛び車も剣について 飛んできて、最初は英彦山へ、そして五箇所を転々とし、 紀伊の国に落ち着いた。熊野権現である。 ちなみに、後を追ってきた999人の后は赤虫になった。 『神道集』では、本殿は喜見上人、西の御前は善法女御、 若一王子は善財王の御子、中の御前が善財王となっており、 喜見上人が最上位にある。 |
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