そがにますそがつひこ
奈良県橿原市曽我町字鳥居脇1196

式内社 大和國高市郡 宗我坐宗我都比古神社二座 並大 月次新嘗
旧村社

曾我都比古神,曾我都比売神

武内宿禰,石川麻呂 『五郡神社記』

近鉄大阪線・真管駅の南すぐにある。
境内右側に末社・八大夫稲荷などが鎮座している。

武内宿禰の第三子・石川麻呂が、蘇我氏の祖。
よって、『五郡神社記』では、武内宿禰と石川麻呂が祭神と記されている。

いすれにしろ、蘇我氏の祖神を祀ったものとされている。

拝殿左の倉庫のシャッターに大きく木瓜の紋。
本殿は塀に囲まれていて見えず、手を伸ばして撮影。


宗我坐宗我都比古神社
 奈良県橿原市曾我町にある神社。曾我川東岸 に鎮座。旧村社。祭神は曾我都比古神・曾我都 比売神と伝え、木造神像二体がある。近世には 入鹿宮と称し(大和志)、「延喜式」神名帳高市郡 の「宗我坐宗我都比古神社二座並大、月次新嘗」に比 定される。式内宗我坐宗我都比古神社は大同元 年(八〇六)大和国内に神封三戸を寄せられ(新抄 格勅符抄)、天安三年(八五九)一月二七日に従五 位下より従五位上に昇叙、同六年六月一六日に は正五位下となった(三代実録)。当社の創祀に ついて、「五郡神社記」には推古天皇の時に蘇我 馬子が武内宿禰と石川宿禰を祀ったとある。社 伝によると、持統天皇が蘇我氏一門滅亡をあわ れんで、蘇我倉山田石川麻呂の次男徳永内供に 紀氏を継がしめ、内供の子永末に祖神奉崇のた め土地を賜い、社務と耕作を行わしめたのに始 まるという。祭神二座は「五郡神社記」が武内宿 禰・石川宿禰とし、元禄(一六八八−一七〇四)頃 の社記が彦太忍信命・石河宿禰とするが、おそ らく土着神の男神・女神を祀ったものと考えら れている。境内は中曾司遺跡の中心地で、付近 には鳥居脇塚・ソガドン塚などの小古墳がある。

−『大和・紀伊 寺院神社事典』−