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亀山八幡宮
かめやまはちまんぐう
[山口旅行] 山口県下関市中之町1−1  Zenrin Data Com Maps display !!


木瓜

旧県社

御祭神
應神天皇 神功皇后 仲哀天皇 仁徳天皇

山口県下関市にある。
下関駅から東へ2.5Kmほどの中之町に鎮座。
9号線に面して大きな鳥居が建っており、
道路を渡ると唐戸市場がある、そんな場所。

ここは「山陽道」の起点になるそうで、
鳥居の足元、左脇に「山陽道」と刻まれた石碑が建っている。
また、鳥居の右脇には「床屋発祥之地」という丸石と櫛と剃刀らしき石碑。
床屋という業種の発祥ではなく、床屋という名称発祥の地らしい。
当地の髪結いの店に、床の間があったため「床屋」と呼ばれたとか。

「亀山宮」と扁額のある鳥居をくぐり階段を上ると社殿のある境内。
社殿の周りを歩いてみたが、残念ながら本殿は確認できなかった。
ちなみに裏参道鳥居の扁額には「関の氏神」とある。

下関は玄松子の故郷。
久しぶりに墓参りのためにもどり、
すでに実家が無いので、唐戸のホテルに泊った翌朝曇天の早朝の参拝。
すでに授与所は開いていたのだが、あまりにも早かったので御朱印は遠慮した。

高校三年の冬休み、朝起きて、突然に思い立って大学合格祈願に参拝した神社。
家を出る時は「赤間神宮にでも」、と思っていたが、
気が変わって当社で祈願したことを思い出した。
ついでに、当時、友人と周囲の街を歩いた思い出や、
「あんなこと」や「こんなこと」なども思い出しながらの参拝だった。

亀山に因むのだろうか、境内には神亀の像や
下関らしい「ふくの像」などがある。

当社の鎮座する亀山は、往古は島だったそうで、
社伝によると、
八幡神が宇佐から男山に勧請された平安時代の貞観元年(859)、
神霊は海路を渡り、赤間関南岸の小島の亀山の麓に滞在された。
「この山清浄なり、暫く祭祀し奉りて路を進むべきなり」との神託あり、
勅使は国主に命じて仮殿を造営させ、
のち、清和天皇により長門国に勅して宮殿を造営されたのが当社の創祀。

平安中期には、亀山八幡大菩薩は
「外朝西門鎮守として五百壇関に垂迹す」と称され、
鎮西の霊場として崇敬された古社。

鎌倉時代の文永・弘安の二度の元寇の際、国主の異国調伏の祈祷があり、
室町時代には、大内政弘が太刀を奉納し、遣明船航海安全を祈願した。

江戸時代の元禄十五年、「長門国三社」の号を賜ったが
これは、当社を長門国三宮の地位にあるということだろうか。

文久三年(1863)、
境内の亀山砲台から発射された砲撃により下関戦争がはじまり、
毛利元周が、当社を夷賊降伏を祈願した。

神域は九州連峰を望む景勝の地にあり
「鎮西第一勝の地」「西海第一関」と称された場所だそうだ。

明治七年郷社に列し、明治三十四年県社に昇格した。

当社の神紋は、木瓜紋。
八幡神を祀る神社は通常は、三巴紋か鳩紋を用いるのだが珍しい。
といっても当社だけということではなく、
全国に数社、木瓜紋を用いる八幡神社は存在するようだ。

八幡神との関わりの強い武内宿禰は紀氏の祖であり
紀氏の家紋が木瓜紋ということからか
武内宿禰を祀る福岡の高良大社なども木瓜紋を神紋としており
当社と関連があるのかもしれないが、未確認。

境内の右手には、恵比須神社の石祠と
宮地嶽神社、熊鷹稲荷神社が祀られ、その南に、針塚と扇塚がある。

境内の左手には、おかめ明神。境内が島であった500年前、
馬関(下関)開発のため人柱として海底に消えたお亀さんを祀ったものらしい。

他にも、伊藤博文夫婦の出会いの場所「お亀茶屋」跡や、
文久三年(1863)五月十一日午前二時
久坂玄瑞の指揮によりアメリカ商船攻撃合図の砲撃が発射された「亀山砲台」跡、
飯尾宗祇句碑、中尾水月句碑、林芙美子文学碑、前田喜代人歌碑などがある。


社頭

山陽道起点

床屋発祥之地

鳥居

境内

社殿

社殿

拝殿

神亀

ふくの像

恵比須神社

宮地嶽神社、熊鷹稲荷神社

扇塚

針塚

おかめ明神

裏参道(西参道)

おかめ明神、池に亀

亀山八幡宮略記
当社は、下関市中ノ町に鎮座しており、第56代清和天皇の貞観元年(約1,100年前)西海鎮護として八幡大神(応神天皇仲哀天皇神后皇后仁徳天皇)を奉祀せられ、国王に勅せられて宮殿を造営し、由来累代の天子修築を加えられ、将軍執政之に従って来飾を添え、また藩主大内義隆大いに工を興し宮構の美を整へ、神領三百石を献じ修補祭礼に奉幤せられ、長門の国三の宮と称せらる。

−『平成祭データ』−



関の氏神 亀山八幡宮ご由緒
 当宮の御祭神は応神天皇仲哀天皇神功皇后仁徳天皇です。
 平安時代貞観元年(八五九年)神託により国主が宮殿を造営し、 以来、朝廷、大内、毛利藩主の崇敬が厚く、下関六十ケ町の氏神として奉斎されています。
 神社地は昔は島でした。関門海峡から九州連峯を眺める景勝の境内は、古くから鎮西第一勝の地と称されています。(別表神社)

−社頭案内板−


最終更新日:2013/10/09
【 亀山八幡宮 (下関市) 】

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