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式内社 出雲國意宇郡 玉作湯神社 旧県社 御祭神 櫛明玉神 大名持神 少毘古那神 合祀 式内社 出雲國意宇郡 同社坐韓國伊太氐神社 五十猛命 境外摂社式内社 出雲國意宇郡 布吾弥神社 飛地摂社布吾彌神社 大名持命 |
島根県玉造温泉にある。
道路脇に鳥居があり、階段の上に境内。
階段途中には、玉造出土品収蔵庫がある。
境内は、かなり広く、玉造要害山城の跡。
諸書に見える当社の社号は、湯船・湯谷・湯・湯姫と様々だが
一貫して湯の神となっており、「湯神」信仰が主であったが、
もともとは「玉作神」「湯神」の二本立てであった。
櫛明玉神は、別名が多く、羽明玉・豊玉・天明玉・櫛明玉など、
玉に関する神はすべてこの神とされている印象があるが、
古代、玉に関する氏族には、玉作連と玉祖連の系統があったようだ。
玉祖に関しては、山口県の玉祖神社が有名。
神紋がちょっと複雑な玉の組合せ。
宮司さんが見せてくれた飾りを撮影した。
当社の飛地境内社に布吾彌神社があり、玉造温泉街のはずれの丘の上にある。
階段を登ると広くて静かな境内。中世の玉造要害山城跡がある。
神社から少し離れた山中に摂社布吾彌神社がある。参道は叢で、覚悟がいる。
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玉作湯神社(湯船大明神)旧県社 八束郡玉造町 山本陰線 玉造温泉駅より二粁 祭神 櫛明玉神 大己貴命 少毘古那神 五十猛神 例祭 一○月一○日 神紋 二重亀甲の中に丸玉管玉勾玉組合せ 本殿 春日造 境内 三四三坪 末杜 七社 宝物 境内(史蹟保存地)、上代各種玉類及砥石類(重文) 氏子 三○○戸 崇敬者 三五六八人 由緒沿革 延喜式内及び出雲風士記所載の社にして神階従四位下を授けらる。祭神は玉作の祖先に温泉守護の御神なり。堀尾、松平二氏共に崇敬のまことを致す。昭和三年県社に昇格す。 −『神社名鑑』− 玉作湯神社と玉造温泉之由来
一.玉作湯神社(内務大臣指定史蹟保存地)御祭神、櫛明玉神(八坂瓊勾玉並に宝玉御製作の祖神)、大名持神・少彦名神(当地温泉発見、温泉守護、温泉療法、薬、秘呪の祖神)、五十猛神(同社座、韓國伊太弖社、植林・殖産・産業振興の祖神)。 玉作湯神社は、玉造温泉、玉造川東岸の小高い林の中に鎮座まします式内の古社であります。 「貞觀十三年十一月神階従四位下を授く」と三代実録に見え、現今は此の地の氏神で旧県社であります。 櫛明玉神は、天明玉、豊玉、羽明玉、玉祖神などの異称をおもちになって居て、天岩戸の前で神々のお計らいで神楽を奏せられた時、真榊の枝に懸けられた八坂瓊之五百箇御統玉は此の神の御製作であった事は、古語拾遺に明記せられ、玉作部の遠祖と仰がれ、此の地方に居住し、此の地の原石を採って宝玉の製作をお司りになったと伝え、日本書紀に「素盞鳴尊が天に昇りまさんとする時、羽明玉神(古語拾遺には櫛明玉命とあり)は道に出迎えて、瑞八坂瓊の勾玉を進め、素盞鳴尊は之を御姉天照大御神に献上になった」ことが記され、社伝には三種神器の八坂瓊の勾玉は命が御製作になったものと伝えています。 天孫降臨の際、櫛明玉命は随従の五部の神の御一人として、玉作の工人を率いて日向に御降りになり、命の子孫一族は所属の工人と共に出雲玉造郷に留まって製玉に従事し、其部の長たる櫛明玉命の薫督をお受けになったと云われ、古語拾遺に「櫛明玉命之孫、御祈玉を作る。其の裔、今出雲國に在り、毎年調物として、其の玉を進む」と記され、又同書に「櫛明玉命は出雲國玉作祖也」と見えています。 社宝1.上代各種玉類184点(重要文化財)2.上代玉磨砥162点(重要文化財)3.上代ガラス製造ルツボ片と上代ガラス一括(重要文化財) 二.玉造温泉 玉造温泉は少彦名命の御発見と伝えられ、JR玉造温泉駅から玉造川に沿って上ること約2キロ、玉造郷にあって玉造川の清流を挟み、要害山、花仙山の二山を負って多くの人家が相連なり渓間の一小区をなしています。 「出雲國風土記」意宇郡の条に「忌部神戸、郡家の正西廿一里二百六十歩。國造、神吉詞を奏しに朝廷に参向する時、御沐の忌玉作る、故に忌部という即ち川辺に出湯あり、出湯の在る所、海陸に亘り男女老少、或は道路に絡繹り、或はSI洲に郡集いて市を成し、繽紛燕会。一濯すれば形容端正、再濯すれば万病ことごとく除く。古より今に至るまで験を得ざることなし、故に俗人神湯といえり」と記されております。 −『平成祭データ』− |