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式内社 信濃國諏方郡 南方刀美神社2座 名神大 信濃國一宮 旧官幣大社 御祭神 建御名方神 八坂刀賣神 (八月一日から一月三十一日まで) 配祀 事代主神 |
『古事記』に、祭神、建御名方神に関する記述がある。
建御雷之神が、大国主命に国譲りを迫り、
大国主命の長男事代主命が恭順を示した後、
大国主命は「もう一人の我が子、建御名方神がおります」という。
建御名方神は千人引きの大岩を手の先に差し上げながら、建御雷之神に力競べを挑む。
まず、建御名方神が、建御雷之神の腕を掴むと、腕は氷柱に変化し、剣の刃に変化。
建御名方神は恐れをなして引き下がる。
次に、建御雷之神が、建御名方神の腕を掴み、握り潰して放り投げる。
建御名方神は恐怖に逃げさるが、建御雷之神は追いかける。
信濃国諏訪まで逃げた建御名方神は、諏訪から出ないことを条件に命乞いをする。
ということで、あまり格好の良いものではない。
もちろん、古事記は朝廷側の記述だから、仕方はないが。
諏訪湖の北、下諏訪駅の北にある。
駐車場から鳥居をくぐり、参道を進むと、「根入りの杉」が目に入る。
その奥に、神楽殿があるが、多くの人はここで参拝して帰っていくようだ。
神楽殿後方に、幣拝殿があり、瑞垣内に宝殿二棟がならんでいる。
鳥居手前左手の千尋池では、神宝の「売神祝印」が発掘された。
諏訪大社は、上社・下社に分かれており、本来、
上社に建御名方神、下社に八坂刀賣神を祀っているようだ。
上社と下社では、奉祀する神職の長が
上社では神別(祭神の子孫)、
下社では皇別(皇族の子孫)とされている。
下社の大祝は、神武天皇の御子、神八井耳命を祖とする。
ところで、有名な国譲りでの建御名方神の神話は、
古事記にしか載っていない。日本書紀にはないのだ。
これほど、天孫系の優位を説明するのに都合の良い記述がないのに。
日本書紀では、国譲りに反対する神は、香々背男(天津甕星)である。
この神が建御名方神と同一とみられ、邪神とする説もある。
また、諏訪大社祭神を、伊勢津彦神(出雲建子)とする話もある。
神武天皇の命で、伊勢に攻め込んだ天日別命に追われ、
伊勢津彦神は、信濃に逃げのびている(伊勢国風土記)。
八坂刀売命のことを、『旧事本紀』天神紀には、
「八坂彦命、伊勢神麻績連等の祖」とあり、八坂彦命の裔とする。
伊勢神宮に麻續神社があり、長野中央部に麻續村という地名が残る。
また、信濃国造と伊勢舟木氏は同祖(神八井耳命)である。
また、大神と諏訪の関係も、なかなか面白い。
上社「大祝」の姓は神(じん)氏だが、これを神(みわ)と読んで、
美和郷を大祝の郷とする説がある。みわ=三輪である。
下社「大祝」は信濃国造と同じ金刺氏だが、信濃国造と同祖の
太氏が存在する。太氏は多神社において三輪山祭祀に
関わるとともに、古事記の編者・太安万侶がその太氏である。
このあたりに古事記にしか記述されない神話の秘密があるのかもしれない。