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阿比多神社
あひたじんじゃ
[新潟旅行] 新潟県上越市長浜904、878  Zenrin Data Com Maps display !!


梅鉢

式内社 越後國頸城郡 阿比多神社
旧郷社

御祭神
少彦名命
相殿
菅原道真 建御名方命 迦具土命 大山祇命 大鷦鷯命

大彦命 『神名帳考證』『越後野志』
大己貴命 少彦名命 『北越風土記節解』
奴奈川姫命 少彦名命 建御名方命 『阿比多神社略縁記』
少彦名命 『神社明細帳』『大同類聚方』
天神 『越後国式内神社案内』

谷浜駅の西、8号線沿いに鳥居がある。
JRを越えて参道が続き、山の上に境内がある。
8号線は交通量が多いので、車を止めるのに苦労した。

山へ続く参道は、やや不気味な印象だった。
が、入ってみると、明るい境内だ。
参道には、手作りの煉瓦の灯篭なども並んでいる。

創祀年代は不詳。
式内社・阿比多神社に比定されている神社で、
持統天皇八年(694)三月、案下の幣帛を捧げられた古社。

永承五年(1050)、陸奥守源頼義が奥州征伐のおりに戦勝を祈願。
承久三年(1221)、順徳上皇が佐渡へ御遷幸の際に、当社に参拝。
永仁五年(1297)、大納言藤原為兼が佐渡へ左遷されたおりに
和歌一首を神前に奉納し、帰洛を祈願した。

神社後方の山を「高志山」といい、旧社殿が鎮座していたという。

少彦名命を祭神としており、『長濱天神』として称された神社。
だが、菅原天神(天満神)との混同があったようで、
相殿に菅原道真を祀る。

越後一宮の居多神社天津神社(奴奈川神社)の中間に位置するので、
あひたとする説がある。

相殿に菅原道真を祀っており、天神なので神紋は梅鉢。

境内社の祠が一つと、幾つかの石祠が並んでいた。
『式内社調査報告』には境内社は三社(順徳院天皇社、頼義社、為兼社)とあるので
見逃したのか、石祠がカウントされているのかもしれない。

また、『平成祭データ』には境内社として、秋葉神社の名が載っているので
境内社の祠が秋葉神社なのかもしれない。


社域

8号線横の鳥居

参道の鳥居

社号標

鳥居横の石碑

参道の階段

境内

本殿

拝殿

境内社

 阿比多神社所蔵正保三年(一六四六)八月二十五日の吉 田家裁許状に「長濱天神」とあり、古くから長濱の天神さ んとして信仰されてきたことがわかる。御神像は渡唐の天 神と稱する唐服の立像で、少彦名神である。この神は「少 彦名神ヲ天神トモ、手間ノ天神トモ申ス事ハ、大三輪神鎮 坐記ニ、神魂御祖神ノ御手股ヨリ漏堕テ天降リ坐シ故、傳 曰手間天神也ト見エ、又出雲国意宇都筑野村手間潟ノ海 中ニ小島アリ、手間島ト云、此島ニ手間天神社ト云アリ、 祭神少彦名命ナリト古史傳ニ見エタリ」

−『式内社調査報告』−



最終更新日:2013/10/09
【 阿比多神社 】

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