かねのみね
新潟県長岡市西蔵王3−1−5

式内社 越後國古志郡 宇奈具志神社
旧県社郷社

金山彦命

大彦命男彦背立大稲輿命 『神名帳考證』『神祇志料』『地理志料』
(オオイナコシ
意支都久辰爲命,俾都久辰爲命子奴奈宜波比賣命 『越後國式内神社考證』
(オキツクシイノミコト,ヘツクシイノミコトノコヌナギハヒメノミコト)

北長岡駅の西、信濃川東側で、蔵王橋と長岡大橋の中間にある。
蔵王権現を祀る堂(蔵王堂城)があったところ。
境内は広く、かなり立派なたたずまい。

拝殿に桐の紋が掲げられていた。

祭神は、諸説ある。現在は金山彦命だが、
大稲輿命、イナコシ(稲輿)の音が、ウナグシに通じるとする説。
意支都久辰爲命、クシ(久辰)が、具志と通じるとする説。
また、このクシは、古志、越に転化したともいい、
出雲神系を祀つ社名であるとも。

社殿は、権現造。ただ、季節(五月)のせいか、木々が茂っていて、
本殿をまともに撮影できず、仕方なく後ろから。

境内には、天然記念物の「蔵王の大欅」がある。


 金峯神社 かねのみねじんじゃ
新潟県長岡市蔵王町。旧県社。祭神金山彦命。明治四年(一八 七一)まで、蔵王権現と称し俗に蔵王さまと 呼ぶ。社記によれば、和銅二年(七〇九)北 国鎮護のため、大和国吉野蔵王権現に模し 栃尾楡原に勧請し、永録三年(一五六〇)三島 郡西越庄矢田村に遷し、更に高志郡大島庄 川崎郷又倉神社の境内に遷したと伝えるが 元和年間(一六一五−二四)に旧記焼失という。
同四年長岡藩主牧野氏より神領四〇石寄進 あり、寛永元年(一六二四)再建成る。慶安元 年(一六四八)幕府より朱印地三〇〇石を献納。 正徳三年(一七一一)社地崩壊のため現在の地 に遷祀。

−『神社辞典』−