すわたいしゃしもしゃはるみや
長野県諏訪郡下諏訪町193

式内社 信濃國諏方郡 南方刀美神社2座 名神大
信濃國一宮
旧官幣大社

御祭神
建御名方神 八坂刀賣神 (二月一日から七月三十一日まで)
配祀 事代主神

諏訪湖の北、下諏訪駅の北西にある。
大門通りからまっすぐ伸びる参道(車道)の途中に下馬橋が残っている。
鳥居をくぐると境内。秋宮より小ぶりの神楽殿の奥に、
幣拝殿があり、瑞垣内に宝殿二棟がある。

境内の左手に砥川が流れ、中洲に浮島社がある。
対岸に万治の石仏がある。

上社と下社では、奉祀する神職の長が
上社では神別(祭神の子孫)、
下社では皇別(皇族の子孫)とされている。

上社では、室町期に祭政が分離し、惣領家は上原城で政治を、
大祝は前宮神殿で祭祀を掌握していた。
その後、惣領家と大祝の間に争いがあり、その期に乗じて
下社大祝金刺氏が、惣領家を攻めたが、逆に下社に攻め入られ、
金刺氏は、その後消滅してしまう。以後武居家から大祝が出ている。

戦乱後、武田信玄により、諏訪大社祭祀は復興し、現在に及んでいる。

下社の祭神、八坂刀売神は、安曇氏系海神の女とする説がある。
建御名方神の「名方」は、本居宣長によると、
阿波の名方郡名方郷に由来するとある。
また、安曇郡式内川会神社の社伝には、
建御名方命の后は海神の女なり、太古海水国中に氾濫、
建御名方とその后は治水のために水内山を破って水を流し
越海へ注ぎ、始めて平地を得た。
」とある。
また、下社でおこなわれる御船祭で用いられる船は、
海上運搬用の大型竜骨船であるという。