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式内社 信濃國諏方郡 南方刀美神社2座 名神大 信濃國一宮 旧官幣大社 御祭神 建御名方神 八坂刀賣神 (二月一日から七月三十一日まで) 配祀 事代主神 |
諏訪湖の北、下諏訪駅の北西にある。
大門通りからまっすぐ伸びる参道(車道)の途中に下馬橋が残っている。
鳥居をくぐると境内。秋宮より小ぶりの神楽殿の奥に、
幣拝殿があり、瑞垣内に宝殿二棟がある。
境内の左手に砥川が流れ、中洲に浮島社がある。
対岸に万治の石仏がある。
上社と下社では、奉祀する神職の長が
上社では神別(祭神の子孫)、
下社では皇別(皇族の子孫)とされている。
上社では、室町期に祭政が分離し、惣領家は上原城で政治を、
大祝は前宮神殿で祭祀を掌握していた。
その後、惣領家と大祝の間に争いがあり、その期に乗じて
下社大祝金刺氏が、惣領家を攻めたが、逆に下社に攻め入られ、
金刺氏は、その後消滅してしまう。以後武居家から大祝が出ている。
戦乱後、武田信玄により、諏訪大社祭祀は復興し、現在に及んでいる。
下社の祭神、八坂刀売神は、安曇氏系海神の女とする説がある。
建御名方神の「名方」は、本居宣長によると、
阿波の名方郡名方郷に由来するとある。
また、安曇郡式内川会神社の社伝には、
「建御名方命の后は海神の女なり、太古海水国中に氾濫、
建御名方とその后は治水のために水内山を破って水を流し
越海へ注ぎ、始めて平地を得た。」とある。
また、下社でおこなわれる御船祭で用いられる船は、
海上運搬用の大型竜骨船であるという。