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式内社 越後國三嶋郡 物部神社 旧県社 二田天物部命 配祀 物部稚櫻命,健御名方命 宇摩志摩治命 『神名帳考證』『越後野志』 |
旧西山町役場の近く。116号線礼拝の交差点から東へ入る。
境内では近くの老人が集まって、ゲートボールの最中。
参拝していると、物珍しげ。
一人の方が、イロイロと案内してくれた。
子供の頃からの氏子だということだ。
他のおばさんも、「中も見て行き」と拝殿を開ける。
「写真撮ったろか?」と云われたが、「イエイエ」と遠慮した。
参拝を終え境内を出ようとすると、名残惜しそうに手を振っている。
神社って、こういう場所なんだよなぁ、と思った。
天領だったため、社紋は葵。
東に3Km、山上に二田城址があり、中腹に奥宮があった。
本殿は室町時代三間社流造。幣殿・向拝は後世に補われたもの。
同じく室町の木像の狛犬が県指定文化財だが、見当たらず。
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二田物部神社は延喜式内社で大和朝廷より越後の国に弥彦の神様とともに使わされた二
田天物部命を奉る古い神社であります。 越後二の宮の称号を与えられるなど江戸時代には越後十八社の一つに数えられ越後の 人々の信仰を集めてきた名祠で、戦国時代の武将の領地の寄進や朱印状、起請文(神仏に 自分の言動に偽りのないことを誓ったもの)にも弥彦神社とともにその名がよく見られる。 今から二〇〇〇有余年前の大崎浦にみやしろを建てた時から今日まで連綿として歴史を刻 んでおります。 −由緒書きより− |