式内社 越後國頸城郡 水嶋礒部神社
旧村社
建御名方命
配祀 天照皇大神,豊受大神,竒日方命
筒石、8号線沿いの丘の上にある。8号線からは入れない。
狭い境内に社殿がある。
江戸までは「諏訪大明神」。ということで、神紋は諏訪梶。
拝殿の中に本殿がある形で、東向き。
千木が並んだ社殿が、変わった感じだ。
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創立不詳、筒石の産土神。上杉謙信が能登七
尾城攻撃の際、當社に祈願したと口碑に傳へる。寛文五年
(一六六五)に焼失。享保六年(一七二一)、文政十三年(一
八三〇)、嘉永七年(一八五四)の數度にわたつて再建した
と口碑にある。諏訪大明神と稱してきたが、文化十一年に
吉田家の許可を得て當社號に復した。慶長九年(一六〇四)
以前より除地九石三斗七合を附與されてゐた。大正十四年
七月一日、村社に昇格。『越後頸城郡誌稿』に「又筒石村
ノ義ハ海邊荒磯ニシテ、磯邊近ク岩礁ノ島アリ センコク島ト云、
其島ノ内ニ泉ノ湧出ル處アリト云ハ、水島磯邊ノ名稱空カ
ラサル景況ナリト雖トモ、正シク是ヲ其古跡トスル證據ナ
ク、唯附會想像ノ説タルニ過キス」の如く、式内社古跡と
する證據は何もない。
−『式内社調査報告』−
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