ほみすわじゅうごしょ
山梨県北杜市長坂町上条1461

式内社 甲斐國巨麻郡 穂見神社
旧郷社

保食神,諏訪大神,十五所神

山梨県北杜市にある。
長坂駅から南東に1Kmほど。
駅から向かうと、道路の左側に境内が見える。
鳥居の横に巨木があり、池にかかる橋を渡ると境内。

立派な拝殿の左には神楽殿がある。
神楽殿の横に「太々神楽」の説明があった。

本殿は、拝殿後方の山の中腹。
中腹といっても、拝殿の屋根の高さの場所だ。

参拝時は、やや曇りぎみで、正面の写真がボヤケ気味だった。
少し歩いてみたが良い写真がとれず、あきらめて境内に入り、
振りかえると、池に鳥居と欅のシルエットが美しかった。

創立年代は不詳。

元は諏訪神社だったところに、十五所神と保食神を合祀したもの。
ということで、『式内社調査報告』では、式内としては否定している。

社記によれば、武田信玄の父信虎に筒粥を命じられ、
以来五〇〇年余り続いている筒粥行事が催される。
農耕・天候の吉凶を占うもの。

拝殿には、梶の葉の紋が付いていた。

境内の右手、社務所の後方から、本殿への道がある。
境内を見渡しながら歩くと1分で到着。
覆屋の中にあるので撮影は難しいが、
なかなか趣のある社殿。町指定の文化財になっている。


太々神楽の由来
 当神社の勧請並びに建立の年月日に就ては 詳でないが今より約千余年の昔、村上天皇の 御代に日本全国に領布せられし古文書、延喜 式所載の甲斐の国穂見神社こそ、当神社に相 違なしと言われている。
 穂見神社の祭神は五穀を司る保食(うけもち) の神である所から、古来より氏子一同その年 の豊穣を祈願する意味で奉納された舞楽こそ 太々神楽の起源であると資料される。
 太々とは、盛大又は巌の意味を表わすと共 に伊勢太神宮の太々神楽の名称に倣つたもの であり、元来は神達の遊びの意と言う。
 当神社の神楽も従来は四月三日の神武天皇 祭を卜して奉納されたものであり、以来実に 三百五十有余年に亘る輝やかしい伝統を誇る もので当神社最大の盛儀である。

−境内石碑−