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熊野出速雄神社
くまのいづはやおじんじゃ
[長野旅行] 長野県長野市松代町豊栄5454  Zenrin Data Com Maps display !!


十六菊


五七の桐

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旧村社

御祭神
出速雄命 伊邪那岐尊 伊邪那美尊 速玉男命 予母都事解之男命
配祀 舒明天皇 古人大兄皇子

長野県長野市にある。
信越本線・篠ノ井駅から南東へ10Kmほどの皆神山山頂に鎮座。

皆神山は新日本百景の一つに挙げられ、
1965年から5年間続いた松代群発地震の震源地として
世界的に有名な場所らしい。
形状が円錐形の見事な独立山で、古来より霊山として信仰の対象となり、
最近は、世界最大最古のピラミッドとも。
個人的に「皆神」という名前に強く惹かれたので行ってみた。

山頂まで車で上ることができ、車道入口は東側。
円錐形の山容を求めて、周囲を少しうろついてみたが
南東から見たら、そんな感じもしないでもない。


東から見た皆神山

南東から見た皆神山

東側の車道入口から舗装された道を上って行くと
車道脇に小さな古墳があり、岩戸神社(天照皇大神)として祀られている。
横穴式石室だが、奥が良くわからない。
案内板には、ピラミッドの入口という説も。
古墳の上には石祠が祀られている。


中腹にある岩戸神社

横穴式石室

上に祠

さらに車道をウネウネと上って行くと当社神門に到着。
神門の右手に砂利の駐車場があり、案内板が並んでいる。

皆神には多くの伝説があるようで、案内板には、
慶長三年(1598)、田丸の殿さまの鷹狩りに大天狗が現われ
皆神山での殺生を許さないと、殿さまを叱った話。
侍従坊の着物を無理に借用したので、城下は大火事となった話。
修行僧たちの野荒らしをキツネのしわざにして、
キツネの詫証文をとった話などが紹介されていた。
また、皆神山は古代の神々が造った宇宙船の基地なのだという説明も。

神門から少し南に、新しい石鳥居。
神門の右手には「皆神神社」と刻まれた社号標が立っている。
当社の正式名は「熊野出速雄神社」だが、
皆神山に祀られている境内社を含めて総称して皆神神社と呼ばれている。

神門をくぐると、右手にクロサンショウウオ産卵地である池があり、
池の脇に、宗像三女神を祀る弁天社。
弁天社には、蘇民将来子孫家の札が付けられていた。

参道を進むと大きな社殿。
この社殿は、熊野出速雄神社ではなく、
境内社の侍従神社(侍従大神 大宜都比賣大神)なのだが
僕が参拝中に来られた数組の参拝客は、
侍従神社にだけ参拝して帰って行った。

侍従神社の右手奥に続く参道があり、
少し奥に、康応元年(1389)の再建の熊野出速雄神社本殿が祀られている。

熊野出速雄神社本殿の後方には御神木のヒムロビャクシン。
樹齢1200年の古木なのだそうだ。

本殿の右手にも奥に通じる参道があり、
突き当たりの参籠所跡に富士浅間神社(木花咲耶姫命)が祀られており、
浅間神社の後方には、ゴルフ場のコースがある。
ということで、山頂はかなり広いようで、
円錐形のピラミッドというより、お椀形の乳房のような印象だ。

社伝によると、本社・熊野出速雄神社は、養老二年(718)の勧請。
出速雄命諏訪大神の御子神で、当地方開拓の祖神として祀られる農耕の神。

中世以後修験道が盛んとなって熊野権現を勧請し、
大日如来・弥勒菩薩・阿弥陀如来の三仏像を安置し、
皆神山山頂の三つの峰(西の峰、中の峰、 東の峰)に祀って「熊野三社大権現」と称しが、
約600年前に、中の峰に合祀され現在にいたる。

北は戸隠、南は皆神山と修験道で栄え、
その先達和合院は朱印二百石、皆神山八合目から上全部を領し、
聖護院(本山派山伏の本山)より川中島四郡(埴科・更科・水内・高井)の
年行事職を命ぜられ、信濃全域の本山派山伏の支配権を得ていたという。

明治初期の神仏分離により、山伏は全部還俗し、
和合院も廃されて、社名を「熊野出速雄神社」と改称した。

まるで、本社のように鎮座する侍従神社は、
信濃國佐久の内山城主内山美濃守満久の三男下野守三郎満顕を祀る。
十三歳で鞍馬山に入山し密教を厳修。その後各霊山を巡り修行。
内山氏滅亡の際皆神山に登り、大日寺和合院宥賢と称し、
後に侍従天狗坊と名乗った修験者で、皆神山の修験を完成させた人物。
侍従大神は「児育て・寿命・火鎮の神」として崇敬され、
この地方では古より子供を侍従坊の弟子にすれば無病息災に育つと言われ、
子供が生まれれば一度は参拝するらしい。

本殿には十六八重菊の紋を描いた提灯があり、
侍従神社には五七桐の提灯があった。
どちらが当社の神紋か判断できなかったので、両方掲載しておく。

境内には幾つかの境内社が祀られている。
参道脇には、天満宮(菅原道眞)。
侍従神社の前には、以下の石祠が並んでいる。
妙義大神、金刀比羅大神(大物主神)、秋葉大神(迦具土神)おへび大神、
内山大神(内山美濃守滿久)、子授大神。

本殿の前には、昭和四十九年建立の
天地カゴメ之宮(國常立尊)と守護神・諏訪大神(建御名方神 八坂刀賣神)。

富士浅間神社への参道脇には、嘉佐八郎社(少名彦命)。

他にも石祠などに祀られたものがあり、
『平成祭データ』には、稲荷社(宇迦之御魂神)、
大輪王社(大輪王命)、飯盛大神(古人大兄皇子の荒魂)、
三宝荒神の名が載っている。

この中の飯盛大神は、皆神山中の峰の北西にある小丸山古墳に祀られている。
小丸山古墳は、第三十四代舒明天皇の第三皇子古人大兄皇子、
又は出速雄命の御墓所と伝えられるものだが、
残念ながら見ていない。機会があれば次回に。


参道鳥居

神門

境内参道

クロサンショウウオ産卵地

参道正面には侍従神社

天満宮

石祠

侍従神社右手奥に参道

天地カゴメ之宮・諏訪社

熊野出速雄神社本殿

本殿

後方に御神木・ヒムロビャクシン

本殿右手奥に参道

奥に浅間社

浅間社石祠

浅間社後方はゴルフ場

信州 松代
 祈りと信仰の山 皆神山
     熊野出速雄神社

御鎮座地
 皆神山は、長野市松代町の東南に位置し、川中島平を一望に収める絶景地である。近年 新日本百景の一つに挙げられ、松代群発地震の震源地として世界的に有名になった。形状 が円錐形の見事な独立山のため古来より霊山として信仰の対象となり、最近では世界最大 最古のピラミッドであるといわれている。標高六七九メ〜トル、山麓の周囲は約八キロ、 山頂は中の峰・東の峰・西の峰に分かれている。

御祭神
 出速雄命(いずはやおのみこと)
 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
 伊邪那美命(いざなみのみこと)
 速玉男命(はやたまおのみこと)
 豫母都事解男命(よもつことさかのおのみこと)
  脇座に舒明天皇(じょめいてんのう)・古人大兄皇子(ふるひとおおえのおうじ)

御由緒
 奈良時代養老二年(七一八)出速雄神社を奉祀と伝えられる。
 中世以降修験道が盛んとなり、熊野権現を勧請、大日如来・阿弥陀如来・弥勒菩薩の三仏 を各峯に安置し熊野三社大権現と称した。
 境内社の侍従神社に鎮まる侍従大神(じじゅうおおかみ)は、佐久の内山城主内山美濃守 満久の三男下野守三郎満顕であり、十三歳にして鞍馬山に入り密教を厳修、その後各霊山 を巡り、内山氏滅亡のとき皆神山に入山、大日寺和合院宥賢と称した。後に侍従天狗坊と 名乗り、皆神山の修験を完成させた。
 弘治二年(一五五六)七月十四日入定、在りし御影を木像に写して侍従坊大天狗明王と祀 った。正親町天皇永録・元亀の間(約四百四十年前)と伝わる。
 北は戸隠、南は皆神山と修験道で長いあいだ栄え、先達和合院は皆神山八合目からうえ を領し、聖護院(京都・本山派山伏の本山)より川中島四郡(埴科・更級・水内・高井)の年行事 職を命ぜられ、更にはほぼ信濃全域の本山派山伏の支配権を得ていた。
 明治初期の神仏分離令・廃藩置県により山伏は全部が還俗、一切を上知し和合院も廃す るにいたり、出速雄命と熊野の神を熊野出速雄神社、侍従坊は侍従大神と奉斎した。

御神徳・御社殿
 主祭神である出速雄命は、当地方開拓の祖神として天下の泰平と五穀豊穣をもたらす神 として崇敬される。現在の御社殿は康応元年(一三八九)の再建と伝えられ旧埴科郡中最古 の建造物といわれる。撞木造とする古い修験道の建築に認められる特徴が残っている。
 侍従大神は「児育て・寿命・火防の神」として信仰され、この地方では子供を侍従坊の弟子 にすれば無病息災に育つといわれ、子供が生れれば一度は参拝している。また、相殿には 食物をつかさどり養蚕を守護する女神大宜都比売命(おおげつひめのみこと)を配祀する。 御社殿は、江戸時代後期の天保十四年(一八四三)起工、弘化三年(一八四六)に竣工した

神社名
 今から約千三百年前に御神明を奉祀、祈りと信仰の山として、霊験あらたかなりといわ れる皆神山に鎮座する熊野出速雄神社は、「皆神神社」と尊称され、広く崇敬されている。

−『参拝のしおり』−



皆神山
 皆神山は豊栄のシンボルであり、豊栄に住 む人々の心のよりどころとなって、地域の発 展を祈り、守り続けてきた山である。
 標高は679メートル、まわりが8キロに およぶ皆神山は今から35万年前に、堆積作 用が進行していた長野盆地の一隅に噴出した 輝石安山岩の火山である。この溶岩は粘り気 が強く、流れにくいマグマが地表に上がって きて、冷えて固まって丸味を帯びた山頂と急 傾斜の斜面をもつ溶岩円頂丘(溶岩ドーム) となった。中央部のくぼみは噴出した溶岩が 地下に逆戻りしたことを示している。この山 の安山岩は見た目で鉄分が多い赤石と少ない 青石の二種があって、豊栄や松代町内の石仏、 墓石に多用され、松代城の石垣にも使用され ている。  山頂には三つの峰があって西の峰、中の峰、 東の峰と呼ばれている。かつては各峰にお宮 があって(熊野三社権現)、600年前に中 の峰に合祀され、現在に至っている。8合目 より上の土地は江戸時代まで朱印200石の 和合院領であった。かつての呼び名は「群神山」 あるいは「水上山」で、慶長年間からは皆神 山となった。

−駐車場案内板−



信濃國皆神山皆神神社参拝のしおり
世界最大最古のピラミッド

御鎮座地皆神山(みなかみやま)は長野市松代町(まつしろまち)の東南に位置し、川中島平を一望に収める絶景地であり、近年新日本百景の一つに挙げられ、松代群発地震の震源地として世界的に有名になった。形状が円錐形の見事な独立山のため、古来より霊山として信仰の対象となり、最近では世界最大最古のピラミッドであると言われている。標高679メートル、周囲約8キロで、山頂は中の峰・東の峰・西の峰の三つに分かれている。中古は群神山(みなかみやま)といわれ、天正頃は水上山(みなかみやま)をもちい、慶長以後は現在の皆神山というようになった。
御本社熊野出速雄神社、その境内社侍従神社、木花咲耶姫命を祀る富士浅間神社、少彦名命を祀る嘉佐八郎社など、皆神山に鎮ります神々を尊称し通称皆神神社という。
熊野出速雄神社
皆神神社の御本社であり、奈良時代養老2年(718)出速雄神社を勧請と伝う。以後修験道が盛んとなり、熊野権現を勧請し、大日如来・弥勒菩薩・阿弥陀如来の三仏像を安置し「熊野三社大権現」と称した。北は戸隠、南は皆神山と修験道で長い間栄え、その先達和合院は朱印二百石、皆神山八合目から上全部を領し、聖護院(本山派山伏の本山)より川中島四郡(埴科・更科・水内・高井)の年行事職を命ぜられ、更にはほぼ信濃全域の本山派山伏の支配権を得ていた。明治初期の神仏分離令、廃藩置県により山伏は全部還俗、一切を上知し和合院も廃するにいたり、社名を「熊野出速雄神社」と改称した。
現在の社殿は康応元年(1389)の再建であり、旧埴科郡中最古の建造物といわれ、平成6年(1994)県宝に指定されている。
出速雄命は諏訪大神の御子神で、当地方開拓の祖神として祀られ農耕の神なり。
侍従神社
信濃國佐久の内山城主内山美濃守満久の三男下野守三郎満顕は、十三歳の時鞍馬山に入山密教を厳修、その後各霊山を巡り修行し内山氏滅亡の際皆神山に登り、大日寺和合院宥賢(ゆうけん)と称し、後に侍従天狗坊と名乗った修験者であり、皆神山の修験を完成させた。
弘治2年(1556)7月14日、侍従坊入定の時「吾は是大聖不動明王の化現なり、吾を念ずれば即ち諸々願を叶え如意満足ならしめん、中にも火災剣難をば万里の雲外に踏み退け、安産子育寿命を延ぶべし」と三度呼ばわり給うといわれ、即ち在りし御影を木造に写して「侍従坊大天狗明王」として奉斎した。正親町天皇永録、元亀の間(約四百十数年前)と伝う。神仏分離令により「侍従大神」と改称した。
現在の社殿は天保14年(1843)に起工し弘化3年(1846)に再建された。
侍従大神は「児育て・寿命・火鎮の神」として崇敬され、この地方では古より子供を侍従坊の弟子にすれば無病息災に育つと言われ、子供が生まれれば一度は参拝するを例とする。ことに10月10日の例祭には幼児を伴っての参拝者が多い。
小丸山古墳(こまるやまこふん)
皆神山中の峰の北西、善光寺平を一望できる景勝の地にあり、径30メートル、高さ4・6メートルの円墳である。
第三十四代舒明天皇の第三皇子古人大兄皇子、又は出速雄命の御墓所と伝えられる。大正時代には天照皇大神の御陵なりと称され、玉垣を造り「天照皇大神御陵研究地」と書いた立札を立て、研究者や参拝者で賑わった。
石の祠があり、飯盛大神と称し古人大兄皇子の荒魂を祀る。
南大平古墳(みなみおおひらこふん)
皆神山中腹、俗称「一本松」の上位にあって傾斜面に築造した横穴式石室を有する積石塚で径18メートル、高さ6・3メートルである。 岩戸神社として天照皇大神を祀る。 近年、皆神山ピラミッドの入口ではないかと言われ、その奥は謎とされている。
クロサンショウウオ産卵池・蛙合戦
毎年2月下旬から3月上旬にかけてクロサンショウウオが「底なし沼」と言われる池へ産卵に集まる。そして4月中旬から下旬、皆神山の桜が咲き始める頃、山頂の四っの池に数百匹のヒキガエルが産卵に群集し蛙合戦と称する。

−『平成祭データ』−



最終更新日:2013/10/09
【 熊野出速雄神社 皆神神社 (松代町) 】

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