式内社 越後國頸城郡 圓田神社
旧村社
國常立尊,大己貴神,大山咋神,譽田別尊
柿崎駅から25号線にそって南下、
米山寺あたりの道路沿いにある。
道路脇に「式内圓田神社」の社号石碑がある。
祭神や神紋をみると、八幡宮であったことがわかる。
式内を称しているが、確証はないらしい。
境内に由緒書きがあったが、薄くなっていてよめず。
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『特撰神名牒』に「今按同郡岩手村八幡宮を当
社なりと云は たしかなる證あるにあらねば とらず」と、
『越後國式内社考』に「圓田神社在丸田村名立谷ノ内、二宮能登、
一説岩手」と、『越後頸城郡誌稿』に「又米山ノ麓、岩手
村ニ圓田神社ト称スルアリト雖モ、此社タル八幡宮ノ處、
当郡ニ式内圓田神社座シテ、此真跡ヲ判然セサル故、右古
跡ノ顕ルルマテ、仮ニ圓田神社ト称スル旨ヲ伝タリ、真跡
確証ナキニ強テ正シトモ云ヒカタシ」とある。明治十六年
の『神社明細帳』に「創立年月・由緒は不詳であるが、五
十余ヶ村の総社として信仰されてきた。明治六年、第七大
区八小区の村社に列す。」とある。
−『式内社調査報告』−
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