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小菅神社 里社
こすげじんじゃ さとしゃ
[長野旅行] 長野県飯山市大字瑞穂字蓮池7130イー3  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

旧郷社

里社 御祭神
素盞雄尊
配祀 平城天皇 嵯峨天皇

奥社 御祭神(八所大権現)
素盞雄尊 (本地 小菅神社)
伊弉冉尊 (熊野 早玉神社
広国押武金日尊 (金峰 金峰神社
菊理姫命あるいは伊弉諾尊 (白山 白山比咩神社
大国魂命 (立山 雄山神社
大己貴命 (山王 日吉神社
瓊瓊杵尊 (走湯 伊豆神社
手力雄命 (戸隠 戸隠神社

長野県飯山市にある。
飯山線戸狩野沢温泉駅の南東5Kmほどの瑞穂に鎮座。
戸狩野沢温泉駅から東へ進み、千曲川のかかる柏尾橋を渡って、117号線に入って南下。
常盤大橋を渡って再度千曲川を越え、117号線の大関橋西詰から東へ進んで
再々度千曲川を越えて38号線へ入り200mほど北上。
38号線から東へ2Kmほどの場所に境内がある。

当社小菅神社は、江戸時代までは修験道の古刹である小菅山元隆寺と一体であった。
東の山の山頂近くに奥社があり、中腹の町中に里社がある二社構成の神社。

境内に向う参道には大きな二之鳥居が立ち、突き当たりに仁王門。元隆寺の西大門らしい。
その仁王門の右手の道を進むと、道の北側(左)に境内入口がある。

「小菅宮」と扁額のある鳥居をくぐり参道を進むと、正面に階段。
参道には月神、猿田彦大神と刻まれた石碑や、天保の頃の万葉歌碑が立っており、
歌碑には「浅葉野に立ち神さぶる菅の根のねもころ誰故わが恋なくに」という詩が刻まれている。

参道の右手、境内の横に広場があり、大きな小菅山元隆寺講堂がある。
武田信玄の侵攻により焼失し、元禄十年(1697)飯山城主松平忠喬によって修復したもの。
この講堂前広場では、豊作祈願にあわせ修験者達が行った験くらべを今に伝わった「小菅の松子」が行われる。
広場に雑木を山ブドウの蔓で束ねた高さ4mの柱松二基を立て、
火打ち石と火打ち金を用いて柱松の上の尾花のどちらに先に火が着くかを競い、
東が勝てば天下太平、西が勝てば五穀豊穣となる。
神事に使われた松榊や尾花は虫除けになるとされ、見物人が争って奪い合うらしい。

参道に戻り階段を上ると社殿のある境内。
参拝は十一月末の朝。境内は濃い霧が立ち込め、
昇った朝日が射し込んで神秘的な聖域となっており、苔生した手水鉢が良い雰囲気だった。

拝殿(舞殿かもしれない)の後方に当社の本殿。
他には神輿殿や神馬庫なども立っている。

昔、奥ノ院(奥社)の絵馬に書かれた神馬が毎夜麦畑を荒らすので
描かれていなかった手綱を描き足したところ出なくなったという伝説が残っている。

奥社の鎮座する小菅山は、戸隠山・飯綱山と併せて奥信濃三山と称された修験道の霊山。

社伝によると、奥社は天武天皇白鳳八年(679年)、役小角によって勧請され、
里社は大同元年(806)に創立されたという。

役小角が小菅山に登り、素盞雄尊の神託を得て、
熊野、金峰、白山、山王、立山、走湯、戸隠の神々を
山腹の石窟に合祀し、八所大権現と称され、
のち、行基が当社に参籠し馬頭観音を安置してより、神仏混淆の社となった。

大同元年征夷大将軍坂上田村麿、朝命を奉じて奥社を再建。
里宮ならびに元隆寺を造営し、神戸を賜いて平城天皇の勅願所とした。
のちに嵯峨天皇の勅願所ともなり、里社では両天皇を配祀する。

上杉謙信が当地を領し当社を再建したが、米沢へ転封の際に
八所大権現ならびに元隆寺を米沢に遷し、
その後、飯山城主松平遠江守忠樹が里社を再建。

明治六年郷社に列し、昭和八年県社に昇格した。

境内の由緒書では、里社は素盞鳴尊を主祭神とし、平城天皇・嵯峨天皇を配祀するが、
平成祭データでは、里社に熊野・金峰・白山・立山・山王、走湯、戸隠の神々も合祀されているとある。

社殿の幕に三つ巴紋が染められていたが、
『全国神社名鑑』には当社の神紋が記されていない。
特に神紋は指定されていないのかもしれないがとりあえず三つ巴紋を載せておく。

雪対策なのか、境内、参道の灯籠にはビニールで覆われていた。



参道二之鳥居

仁王門
(小菅山元隆寺の西大門)

境内入口

鳥居扁額

参道脇の月神

境内参道

境内右手に講堂

参道階段と万葉歌碑

階段上に拝殿(舞殿かも)

霧の境内

手水鉢

神馬倉

社殿

社殿

神輿殿

霧に射し込む朝日と境内社殿

当社前の道を東へ200mほどだろうか、登って行くと奥社参道入口がある。
そこから奥社まで1260mほど登るらしい。

220本の杉並木が800mほど真っ直ぐに東へ延びているのだが、
あいにくの濃い霧のため視界が悪い。

とりあえず奥社を目指して歩いたが、だんだんと霧が濃くなり、
苔生した石段に四筋の爪跡らしきものを見つけてしまって暫し悩む。
この山に熊が出るのかどうかわからないが、視界の悪い道を進み、
突然出くわすことを想像してしまったので、奥社は断念した。
次回、訪れる事があれば加筆する。


奥社参道入口

奥社まで1260m

空海鞍掛松跡

奥社参道杉並木。霧が濃かったのでここで断念

小菅神社由来及沿革
小菅神社は古来、戸隠山・飯綱山と併せて奥信濃三山と称せられた修験道の霊山、小菅山にあって飯山市大字瑞穂小菅に鎮座され、奥社と里宮がある。
神社の創立は今より約1、350年前舒明天皇の代(629〜641)に修験道の開祖、役小角、諸国遍歴の折当地に逍遥してその山容の秀麗と霊気に感じ絶頂に登って神人(素盞雄尊即馬頭観世音の化身)の霊告を受け、岩窟内に一祠を建て馬頭観世音(素盞雄尊)を祀り、めい目合掌していると熊野・金峰・白山・立山・山王・走湯・戸隠等七ケ所の諸神忽然と出現したまう。小角霊感に驚喜して此の八神を岩窟内に祀る。当時は神仏融合(混合)時代で小菅山の馬頭観世音の垂迹は素盞雄尊である。このように八ケ所の権現を祀ったので八所権現と称した。是れが今の奥社の起源である。後に行基菩薩登拝され八所権現の本地の尊像を彫刻し一堂を建立してカヤキリ堂と名ずけられた。これが今の馬頭観世音の前身である。
桓武天皇延歴年中征夷大将軍坂上田村麿東夷征伐の折り参拝し戦勝を祈り凱旋後平城天皇の大同元年(806)1、180年前にその報賽として八所権現の本宮とカヤキリ堂を再建した。小菅神社由来記によれば恒武天皇の御代に勅使鷲尾中将、東夷退治の祈願史として下向されたと伝え、それより平城・嵯峨両天皇(806〜822)の勅願所となった。更に元隆寺を創立して、金堂・講堂・三重塔・仁王門・鐘楼等建築し続いて上・中・下の院三十六坊を完成し宏壮麗美を極め盛時は修験者僧侶三百余人居たと言われている。
永歴年中(1、160)小菅地域は後白河法皇の寄進により京都禅林寺(若王子神社)の庄園に属し、戸隠・飯綱とならんで修験の道場として著名であった。
建久八年(1、197)789年前源頼朝、善光寺参詣の時当山にも参拝され社領七百貫文を寄進された。
南北朝時代正平11年(1、357)小菅寺合戦があった。岳南(中野)地方に勢力のあった高梨氏(北朝(武家)方)が当山に拠守したが岳北地方に勢力のあった市河氏(南朝(宮)方)が大菅口より攻入り攻勝った。小菅寺は市河氏に属したと言われる。正平20年(1、366)(北朝貞治4年)火災にかかり神殿仏閣焼失した。
室町幕府が確立し足利義満将軍により京都禅林寺(若王子神社)の庄園が確認され、高井・水内の守護泉氏重が将軍に請いて20年の歳月を経て、後亀山天皇元中5年(1、388)今より598年前の南北朝時代末期に至り漸く完成し再営した。
永享元年(1、429)小笠原信濃守持長と泉大炊頭持重の争いに持長敗れて小菅山に拠ったが持重の攻め来るにより火を放って逃走した。持重霊地の焼亡を悲しみて回復を企て同年10月に至って僅かに復興した。
戦国時代に入り越後春日山城主上杉謙信公信心篤く弘治3年(1、557)武田信玄に対する戦勝を祈る願文を納められた。
永禄4年(1、561)川中島最後の激戦に上杉謙信が敗退し小菅山に隠れたものとみて、武田勢が堂宇に放火し、さしもの宏壮麗美を極めた霊域を全く灰燼に化してしまった。かくして武田勢は奥社に登り斧をふるって社殿の柱に切りつけたが神罰てき面、前の谷間に投げ飛ばされ墜死したので幸いに兵火を免れた。全く凶焔焼亡の悲しみの極致であった。
文禄4年(1、595)上杉景勝が秋田米沢へ移封されるに際し小菅八所権現および元隆寺の分霊・汁宝・記録・願文等ことごとく移したと言われている。
慶長9年(1、604)大久保石見守長安、徳川将軍の命により社寺巡検の折りに社領60石を受け僅かに再興したのみであった。明治二年神仏融合の禁令により、諸仏・汁宝を末寺菩提院に移した。
明治2年8月社号の八所権現を八所大神と改称した。同4年社領を上知した。同6年4月郷社に列せらる。同33年小菅神社と改称し昭和8年12月県社に列せられる。昭和21年以後政令により社格廃止される。

−平成祭データ−



最終更新日:2015/06/03
【 小菅神社 里社 (飯山市) 】

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