式内社 越後國頸城郡 佐多神社
旧郷社
建御名方命(諏訪),須佐男命(八坂),大山咋命(日吉)
直江津駅の北、繁華街の中にある。
北側の鳥居から入ったが、そこには「諏訪神社」とあった。
街中の神社らしく、整備された境内に末社も多い。
参道の石碑には「三柱神社」とあり、八坂・諏訪・日吉を合殿。
拝殿と本殿が繋がった形。
本殿の流れるような屋根が、安定感を感じさせる。
昔は、八坂・諏訪・日吉と各別殿に祀っていたらしいが、
今は一つにまとめられている。
元禄二年(一六八九)、諏訪神社と改称。
昭和三年、八坂神社と改称した。
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『越後國式内神社案内』に「佐多神社、今
町、當號祇園日吉諏訪合座、社頭東向、北ノ方ニ老大ノ樫
一本アリ、愚按、文治年中、源義經奥羽下リニ今町ノ名ナ
シ、直江ノ津ヨリ船ニ乘出玉フ、委ハ義經記ニ有、安壽姫
モ應化ノ橋ヨリ乘出シタル由申傳也、但シ外ニ拜セズ、是
ナルベシヤ、後考ヲ待者也」、『越後野志』に「佐多神社、
祭神素戔嗚尊、今兩部ニ改テ牛頭天王ト稱ス、下野郷直江
津ニ在、祭神素戔嗚尊、相殿日吉山諏方大明神、一説直江
ノ近邑砂山村ニ在トス、此處ノ祭神八王子」、『越後國式
社考』に「佐多神社、直江津今號八王子、祭神建速須佐之
男命、神主岩片縫ノ亮、砂山村今町」とあるが、『越後國
頸城郡延喜式内十三座神社傳記』の注に「直江津八王子ノ
社を佐多神社ト申セシカモ按ニ夷守郷ニテ佐多郷ニアラス
又ハ祭神不合セリ所贔屓ナルベシ必矛ノ峯近所ニアルベシ
カ未詳之」とある如く、八坂神社を式内佐多神社の論社に
比定することには疑義がある。
−『式内社調査報告』−
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