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御嶽神社 里宮
おんたけじんじゃ さとみや
[長野旅行] 長野県木曽郡王滝村331  Zenrin Data Com Maps display !!


山に丸三

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旧県社

御祭神
国常立尊 大己貴命 少彦名命

長野県の王滝村にある。
中央本線の木曽福島駅から西へ22Kmほどの場所に鎮座。
木曽福島駅から19号線を南下し、木曽川と王滝川が合流するあたりで西へ。
王滝川に沿って20号線を進み256号線に入ってさらに西へ進むと、
御岳湖があり王滝村役場付近で北上すると、左手に当社の大鳥居が立っている。

大鳥居の前を通過して駐車場に車を停めて参拝開始。
大鳥居から続く参道を上ると、境内入口の鳥居があり、
鳥居の右手に社務所、左手には霊神社や合併神社の祠が並んでいる。

参道の石階段を少し登ると、左手に里宮大黒天。
さらに石段を登って行くと、右手に瀧の口龍神があり不動尊像が祀られている。
さらに石段を登りきると、講祖殿。
講祖殿から右手に進むと、御神水、岩戸不動尊があり、その右手が当社の社殿。
拝殿前のスペースが狭くて、拝殿全体を撮影するのは難しい。

拝殿には「御嶽神社」と書かれた扁額があり、幕には神紋「山に丸三」が染められている。

参拝は2013年の11月。
昨日、2014年9月27日、午前11時53分頃、御嶽山が噴火。
現在、山頂付近で火山灰に埋まった人達の救助作業が行われている(2014年9月28日 記す)。

当社は御嶽山(3067m)を奉拝する里宮の一つ。

御嶽山への一般的な登山口は、王滝口と黒沢口にあり、
王滝口側では、王滝口頂上本社当社里宮の二社。
黒沢口側では、御嶽山頂上剣ケ峰の頂上奥社
里社若宮里社本社の三社を総称して御嶽神社と呼ぶ。

だが、他にも別殿や遥拝所など、御嶽山全体に多くの関係社や史跡が点在しており、
王滝口登山道には一合目講社本社、二合目一心堂、三合目大又三社、
三合目半清滝、新滝、四合目十二大権現、五合目八海山神社(国狭槌尊)、
七合目三笠山神社(豊斟渟尊)田ノ原大黒天、七合目半大江権現、
八合目金剛童子、九合目中央不動尊が祀られている。

王滝口御嶽神社の由緒によると創祀は光仁天皇宝亀五年(774)。
信濃国内に悪疫が流行した際、信濃守石川朝臣望足が御嶽に登山し、
疫病除祓を祈ったのが起源。

ついで、延長三年(925)白川少将重頼登山して社殿を再建。
応保元年(1161)後白河上皇の勅使が登山参拝。

当社一合目里宮は寛正年中(1460)、文明十六年(1484)、文亀三年(1503)の
再建再興の記録が残っているらしい。

中世以前は修験の道場として栄えたが、その後、修験道と民間信仰が結びつき、
山麓周辺に住む「道者」と称する人々が、百日の厳しい精進潔斎ののち
集団で登拝する風習が行われるようになった。

その後、天明二年(1782)、尾張の行者、覚明により黒沢口が、
寛政四年(1792)、江戸の行者、普寛により王滝口が一般に開放され
軽精進により登拝が可能になったことから、御嶽信仰が全国に広まり、
現在、全国の信者は200万人とも言われている。

社殿の右手に以下の末社が祀られている。
天神社、天照皇大神、春日社、多賀社、住吉社、津島社、八王子社。


社頭

境内入口

鳥居

御嶽山案内図

霊神社

合併神社

参道階段

里宮大黒天

参道階段

瀧の口龍神(不動尊)

さらに階段

階段の上

講祖殿

御神水と岩戸不動尊

社殿

拝殿

本殿

社殿

末社

木曽御嶽山王滝口(長野県木曽郡王滝村)
御嶽神社
奥社 御嶽山頂上
里社 御嶽山一合目
御祭神
国常立尊
大己貴命
少彦名命

由緒
 頂上奥社は文武天皇 大宝二年(七〇二年)信濃国司高根道基 創建し、光仁天皇の宝亀五年(七七四年)信濃国司石川朝臣望足勅命 を奉じ登山し、悪疫退散を祈願され、ついで延長三年白川少将重 頼登山し社殿を創建す。
応保元年後白河上皇の勅使登山参拝された。一合目里社は寛正 年中(一四六〇年)再建、文明十六年(一四八四年)再建、文亀三年(一五〇 三年)再興と記録にある。古来登山するには麓で百日精進潔 斉の修行をしてから登山したものであるが後世の天明二年(一七八 二年)覚明行者黒沢口登山道を、寛政四年(一七九二年)普寛 行者王滝口登山道をそれぞれ開き、講社を作り軽精進 潔斉で盛んに登山を奨励し、続いて諸行者が此の跡を継ぎ今 日の盛大な御嶽講社の基礎となった。
一合目より頂上までの登山道には一合目講社本社、二合目 一心堂、三合目大又三社、三合目半清滝、新滝、四合目十二大権 現、五合目八海山神社(国狭槌尊)、七合目三笠山神社(豊斟渟尊) 田ノ原大黒天、七合目半大江権現、八合目金剛童子、九合目中 央不動尊を始め国中の神祇を支社として奉斉する。
主な祭典
一月一日 歳旦祭
一月五日 太々神楽始祭
一月十六日 厄除交通安全祈願祭
三月春分の日 春祭
七月一日 開山祭
七月十日 頂上奥社開山祭
七月二十七日二十八日 例大祭
九月十日 講祖本社祭
十月第三日曜日 霊神社慰霊祭
十一月二十三日 秋祭
十二月三十一日 除夜祭
社務所の所在地
一合目 別殿社務所
一合目 里宮社務所
五合目 八海山社務所
七合目 田ノ原社務所
八合目 遥拝場社務所
頂上 頂上社務所

−境内案内板−



御嶽神社由緒書
頂上奥社は、文武天皇の御代大宝2年(702年)信濃国司高根道基創建し、光仁天皇の宝亀5年(774年)信濃国司石川朝臣望足勅命を奉じ、登山し悪疫退散を祈願され、ついで延長3年(925年)白川少将重頼登山し社殿を再建す。ついで応保元年(1161年)後白川上皇の勅使が登山参拝された。一合目里社は文明16年(1484年)再建、文亀3年(1503年)再興と記録にあります。古来登山するには麓で百日精進潔斎の修行をしてから登拝したものでありましたが、後世の天明2年(1782年)に覚明行者黒沢口登山道を、寛政4年(1792年)に普寛行者王滝口登山道をそれぞれ開き、講社を作り軽精進潔斎で盛んに登山を奨励し続いて一心行者、一山行者もこの跡を継ぎ又諸行者相継いで神山の尊きこと全国に広まり今日の盛大なる御嶽講社の基礎となっています。

−『平成祭データ』より−


参拝を終え、長い石段を下って社務所に到着。
そこで、社殿の右手に進むと、一心霊神行場などがあることを思い出し、
次の予定があったので少し悩んだが、再度、石段を登る。

ようやく社殿に到着し、末社前の道を右手に進んでいくと、一心霊神行場。
大きな岩に岩穴があり、中に祠が祀られている。
神霊の宿る行場なのだろう。内部はひんやりとした空気に満ちていた。

その一心霊神行場からさらに右手に進むと、薬師如来岩窟や弘法滝があるのだが、
時間がなかったので見ていない。


一心霊神行場入口

長崎社

一心霊神行場と八幡社

最終更新日:2014/09/28
【 御嶽神社 里宮 (王滝口) 】

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