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式内社 信濃國小縣郡 鹽野神社 旧県社 御祭神 素盞嗚尊 大己貴尊 少彦名尊 |
JR上田駅と別所温泉を結ぶローカル線上田交通の舞田駅から、
南へ約2Km強、前山にある。周囲には中禅寺などの寺院もあり、
観光名所になっている場所だ。
塩田平の南に聳える独鈷山の麓、
独鈷山を水源とする塩野川のほとりに鎮座している。
境内前に、独鈷山登山口があり、そこに当社の鳥居が建っている。
当初独鈷山東峯の鷲岩に勧請されていたが、参拝の便のため、
麓へ遷座したという。山頂には奥社があるらしい。
塩田平は年間降水量が1000ミリに満たない乾燥地であり、
塩野川および、その源である独鈷山への信仰は自然の成り行き。
杉檜の参道を進むと、塩野川を渡る神橋があり、
拝殿は二階建楼閣造、流造本殿彫刻とともに、すばらしい。
境内右手には、幾つかの巨石が並ぶ磐座で、それぞれの石祠がある。
木漏れ日の中の磐座は、次元を超えた存在感がある。
社叢の中に鎮座しており、雰囲気は素晴らしい。
参道周辺に幾つかの境内社があり、鳥居の先に神橋がある。
どうでも良いことだが、太陽に向かってカメラを構えるのは苦労。
本殿前には二階建楼閣造の拝殿(勅使殿)がある。
境内案内図や式内社調査報告では、
境内左手流造の社殿が勅使殿となっている。
参拝中も数組の観光客が参拝(見物?)に訪れていた。
交通の不便な所だが、ハイキングコースにもなっている。
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創立年月は不明であるが社傅によると、白鳳元
年四月出雲大杜より分靈を勧請し鹽野入鷲岩に斎き祀つた
と傅へ、その後、今の鹽野に遷座し鹽野大明神と稱へ西鹽
田村の産土神となつた。永禄十一年(一五六八)四月、武田
信玄社領一○貫文を寄せ、天正十五年(一五八七)眞田昌幸
更に本村の内七貫文を寄附す。此時より大宮と稱した。元
文年間(一七三六−四一)に至り鹽野は本號にして大宮は其
の美稱たるに過ぎざるを以て吉田家に請ひて鹽野の本號に
復すといふ『宗源宣旨』を得た。明治維新までの舊社領は
二貫八五八文であつたが、維新の際に上地する。明治六年
四月村社に列し、同二十八年九月郷杜に昇格、同四十年神
饌幣帛料供進社に指定。
−『式内社調査報告』− |