式内社 越後國三嶋郡 鵜川神社
旧村社
罔象女命,黒姫神
252号線、岡野町にある。黒姫宮。里宮である。
西に黒姫山(890m)があり山頂に山宮(祠)があるらしい。
「貞観園」という観光名所の近く。
拝殿屋根に紋があったが、拝殿内幕には違う紋があり、
幾つかの紋が混在していた。
参拝中、宮司御夫妻が外出するところだったので、
立ち話で質問すると「神紋は特にありません」ということ
寄進者が、それぞれの紋を付けたらしい。
これまで、神職不在の場合、神紋を社殿や幕などで決めていたが
こういうこともあるのだ、と考えさせられた。注意しよう。
江戸時代の名園「貞観園」は夏季のみの公開らしく、閉まっていた。
黒姫神社の祭神は、鵜川神社としては水の神、罔象女命。
黒姫山の山の神として、黒姫神ということらしい。
黒姫神は黒媛という話もある。
黒姫山頂の鵜川神社の祭祀を管掌する同町
大字岡野町五八六(字宮原)の黒姫神社(宮司 大倉忠政氏)
は、山頂鵜川神社の祭神と黒姫神の二柱を主祭神とするが、
前掲棟札並びに家譜によれば、應永二年黒姫山頂鵜川神
社造替、同三年當所の拝殿を造替したとある。家譜には大
倉隆景の先代大倉孫七郎朝隆の代に現岡野町に住したといふ。
同社由緒書は、「應永二年五月二日、高尾村(黒姫山)鵜
川神社の分靈を勧請し創建す。本宮は山頂にあり。深雪の
ため秋十月より春五月迄は参拝しがたきを以て、當社に
於て祭典を執行すといふ。寶永四年(一七〇七)十一月三
日瑞殿造立、天和檢地に除地、天保三年十月、三石七斗六
升社地二反歩除地、昭和四十六年、屋根銅板葺」とする。
『柏崎文庫』(關甲次郎著)に「神祇志料に奴奈川彦命の女
奴奈川媛命は、大己貴命の妃となりて建御名方命を生む。
一説に云ふ。黒媛命は奴奈川媛の母にして、其祠頸城郡黒
姫山(梯立村)に在り。按ずるに黒姫命は信濃に生まれて越の
奴奈川彦に嫁ぎて奴奈川姫を生みしか、奴奈川彦命・黒姫
命・奴奈川姫命・大己貴命・建御名方命等いずれも信越間
の有力者たり。其末に大神氏あり、祖神を大己貴とす。大
岡氏の一族信越の間に大己貴命、建御名方命及び黒姫命・
奴奈川姫命を祀る。頸城郡黒姫山奴奈川姫の遺跡附近に大
岡神社あり。刈羽郡岡野町、もと於保賀庄といふ。東鑑に
越後大神庄、前齋院御領とあり、後岡の町につくる。大同
類聚方・居多神社の條にも大神氏の事見ゆ。當山下大神庄
に住せし大神氏の族、其祖神をまつり、黒姫山と稱せしな
り、堂守大倉氏」、また「しかるに其後式内鵜川神社の正
蹟を論ずる神主等、鵜川神社より立論して祭神を罔象女命
とす」と提言している。
−『式内社調査報告』−
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