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金沢市内から北陸鉄道で、終点加賀一宮駅へ。
ただし、加賀一宮駅まで行く便数は少なく、
この日も、2つ手前の鶴来駅から約2Kmを歩く。
鳥居から雪の参道を緩やかに登り、神門をくぐると境内。
境内は雪に覆われ、隅の方は山になっているので、
注意しないと、雪に埋まってしまう。
参集殿横から、社殿裏手に回りこめるが、拝殿後方は侵入禁止。
社叢の奥、木々の間に本殿が見える。
全国約五千社の白山神社の本宮である当社は、
当初現鎮座地から北方1Kmの舟岡山山頂に鎮座。
その後、応神天皇二十八年(293)手取川畔に遷り、
さらに、元正天皇霊亀二年(716)、安久濤の森に遷座。
その後、文明十二年の大火で、末社三宮のあった当地へ遷座した。
安久濤の森は、加賀一宮駅の横にあり、
現在、古宮公園となっている。
白山・金剣・岩本・三宮・中宮・佐羅・別宮を
「加賀下七社」あるいは「白山七社」と呼び、
前四社を「本宮四社」、後三社を「中宮三社」と呼ぶ。
特に、当社は下白山(シモシラヤマ)と呼ばれており、
神社は、「シラヤマ」、山は「ハクサン」と呼んで区別しているらしい。
奥宮は、霊峯白山山頂御前峯にあり、
別山山頂に大山祇命、大汝山山頂に大汝命を祀る。

何度か参拝をしているので、
雪の日の参拝や初夏の参拝などで撮影した写真を混在して掲載。
四季それぞれに趣のある参道が印象的な神社だ。
養老元年(七一七)、奥宮開基といわれる僧泰澄は、
「まだ誰も登らぬ雪の峰白山には必ず霊神あらん、我登拝して顕応を乞わん」
と志した。
「いのちの親神」と崇敬される祭神白山比咩大神は、菊理媛神とされているが、
本来は、菊理媛神とは関係がなかったようだ。
富士山、立山と並ぶ霊峰に宿る神霊であるから、本来は名前の無い神であったろう。
中世吉田神道の付会であるとされる、菊理媛神は、
日本書紀の一書にわずかに登場する神だ。
イザナギ神とイザナミ神が黄泉平坂で言い争っている時に、
黄泉守道者と一緒に表れ、菊理媛神の一言で、
イザナギ神は口論を終え、穢れを祓うため現世に戻る。
この時、菊理媛神が発した一言は、どこにも記されていない。
菊理媛神の登場直前に、速玉之男と事解之男が生れている。
事解之男は一言主神と同神とされているが、
一言で仲裁した菊理媛神もその系統に入るのだろう。
雪の参道は、杉などの古木に囲まれ、神域そのもの。
初夏の参拝では、参道木々の瑞々しい木々が美しい。
神門前には、荒御前神社がある。
神門をくぐって、右手に、奥宮遥拝所。
拝殿後方の本殿の屋根がかすかに見える。
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白山比咩神社(白山さん) 石川郡鶴来町三の宮町二 石川線加賀一の宮駅三百米 祭神 白山比咩大神(菊理媛神)・伊邪那岐神・伊邪那美神 例祭 五月六日 神紋 三子持亀甲瓜花 建物 本殿流造七一坪(明和七年建)・幣殿二七坪・拝殿二七坪・斎館三二坪・社務所四六坪・白山講記念館七二坪・参集殿二〇七坪 境内 本宮一五、二一八坪・奥宮五、八二二、六二〇坪 末社 五社 社宝 剣(銘吉光・国宝)・太刀(銘長光)・狛犬一対・黒漆螺鈿鞍・沈金彫手筥・白山縁起・三宮古記・神皇正統記四冊・白山宮荘厳講中記録(以上全部重文) 氏子 二一〇戸 崇敬者 二〇万人 神事と芸能 五月六日の例祭の神饌として管公献供の梅枝糕(ばいしこう―口形餅・舌形餅等)を供す・例祭日に御贄祭執行 由緒 霊峰「白山」を神体山として白山姫の 大神を奉斎する。崇神天皇のときに白山の「ま つりのにわ」として創建されたと伝える。延 喜式内社で、古来「白山本宮」「加賀一の宮」 として尊崇され、北陸鎮護の名社である。養 老元年僧泰澄がはじめて白山登拝後は、修験 道場として隆盛をきわめた。白山山頂の奥宮 は、養老二年の創建と伝え、全国に三千有余 を数える白山神社の総根源社である。白山比咩大神の神体山として護持されてきた境内地 は、白山国立公園の中心をなしている。当社は、 大正三年三月国幣中社に列した。(神社 本庁別表神社) −『全国神社名鑑』− |
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