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藤津比古神社
ふじつひこじんじゃ
[石川旅行] 石川県七尾市中島町藤瀬3−128  Zenrin Data Com Maps display !!


五七の桐

式内社 能登國羽咋郡 藤津比古神社
旧郷社

御祭神
藤津比古神 配祀 熊野速玉神

能登半島・七尾市中島町にある。
のと鉄道七尾線・能登中島駅の北西6Kmの藤瀬に鎮座。
能登鉄道横田I.C.を降りて2Kmほどの道路脇に境内がある。

南西向きの境内は、それほど広くなく、
かなりオープンなスペース。

境内入口の鳥居は、以前は木製両部鳥居だったが、
今回参拝した時には、石造の普通の鳥居だった。

鳥居の奥に、社殿があり、拝殿後方には覆屋。
覆屋の中の本殿は、流造で国指定重要文化財らしいが、
全く見えないので、写真はない。

創祀は、景行天皇の御代。
正和三年に社殿を再建し、以来、国主の祈願所となる。

俗称を新宮という。
これは、治承元年に相殿に勧請した熊野速玉神(熊野新宮)によるもの。

祭神は、藤津比古神。
能登には○○比古神を祀る神社が多く、
各地の開拓の祖を祀ったもの、あるいは土地固有の神を祀ったものだろう。

ただ、当社祭神を、磐衝別命とする説もあるようだ。

社殿の屋根などに、桐の紋が付けられていた。
社名から、藤紋を期待していたが、どこにも見当たらなかった。


鳥居

社殿

社殿

社殿

藤津比古神社に関する文化財一覧
  藤津比古神社本殿 (国指定重要文化財)
 藤津比古神社は藤津比古神と熊野速玉神を祀る延喜式内社で、古 くから地区民の尊崇を集めた釶打郷の惣社である。 身舎の蟇股や 戸口回りなど、内部には鎌倉時代の古式を残す三間社流造である。
 記録では、天正四年(一五七六)、元禄一五年(一七〇二)に修理 が行われている。

  正和三年熊野権現建立棟札一枚 (書籍)
 総高七五センチの檜板製で、尖頭形。正和三年(一三一四)は鎌倉 時代後期である。

  蒔絵鞍 一個 (工芸品)
 木製革張りに黒塗りし、金銀で蒔絵を施したもので、「海無鞍」 という様式の鞍である。居木の裏面に「萬治弐歳五十嵐道甫」と墨 書銘が残る。五十嵐道甫は、加賀蒔絵の基礎を築いた名工の一人で ある。萬治弐歳(一六五九)は江戸時代前期である。

  弘治三年木製方形桝 一個 (歴史資料)
 方形で一辺が約一八センチ、深さ約七センチの桝で、外側二面に、 「弘治三年九月九日」の陰刻銘がある。弘治三年(一五五七)は戦国 時代にあたる。

  釶打のおすずみ祭り (無形民俗文化財)
 例年八月十四日の夜行われる納涼祭である。各末社から参集する 奉灯には昔ながらのロウソクを用いて、「ヤンサコ」という祭歌を 歌い、古来の情緒を今に伝えている。

  新宮祭の枠旗行事 (無形民俗文化財)
 例年九月十五日に行われ、各末社が猿田彦に導かれて神輿、鉦太 鼓、枠旗とともに本社に集まる寄り合い祭りと呼ばれる形式である。 宮司が馬に乗り御旅所(水落とし)まで枠旗の行列と共に渡御する。

−境内案内板−



最終更新日:2013/10/09
【 藤津比古神社 (七尾市) 】

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