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若狭彦神社
わかさひこじんじゃ
[福井旅行] 福井県小浜市龍前28−7  Zenrin Data Com Maps display !!


宝珠に波

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式内社 若狭國遠敷郡 若狹比古神社二座 名神大
若狭國一宮
旧國幣中社

御祭神
若狭彦大神(彦火火出見尊

福井県小浜市にある。
東小浜駅から南へ2Kmほどの道路の西側。
東小浜駅の南500m、当社の北1.5Kmには
若狭姫神社が鎮座している。

道路から西へ入ると、欝蒼とした森があり、東側に境内入口。
暗い参道には、二本の杉を鳥居に見立て、
杉の多い森の中に、社殿が鎮座している。

上社である若狭彦神社は、和銅7年(714)9月10日、
遠敷郡下根来村白石に創建され、
元正天皇霊亀元年(715)9月10日、現在地へ遷座。

下社にあたる若狭姫神社は、元正天皇養老5年(721)2月10日、
上社より分祀し、若狭姫大神とした。

一説には、現小浜市泊の村の裏山に上下両社の神が垂迹し、
のち遠敷へ移られたとして、泊に元宮と称する若狭彦姫神社がある。

古来、若狭彦神社(上社、上宮)を若狭国一宮とし、
若狭姫神社(下社、下宮)を二宮とされて来たが、
現在は、2社で若狭国一宮・若狭彦神社と称している。

室町以前は、祭祀の中心は上社であったが、
以降は、下社中心となり、現在の神事もほとんど下社で行われている。

神紋は、「宝珠に波」。別名、水玉とも呼ぶ。
祭神の彦火火出見尊(山幸彦)が龍宮で手に入れた潮を自在に操る玉なのだ。

若狭彦神社、若狭姫神社の賽銭箱に、金の紋章が付いていたので、
撮影し、サンプルとした。

境内入口は東向き。暗い参道には、大杉の二之鳥居。
神門の前には、根元から二股に分かれた夫婦杉が聳えている。
当社の随神門には、左右に四体づつの随神像が安置されており、
ちょっと窮屈そうで面白い。
祭神に随身した眷属八人を象徴しているのだろう。

境内に入ると、なにやら囲いの場所があり
その向うに垣に囲まれた社殿が鎮座。
その場所が、昭和四十年に倒壊した拝殿跡だろう。

境内の左手の手水は、自然の伏水を用いたもの。

社殿の右手には、境内社・若宮社。
祭神は、下宮祭神・豊玉姫命の御子、鸕鷀草葺不合尊
相殿に蟻通神と大山祇神


社号標

境内入口

杉の木の二之鳥居

随神門

神門と本殿

境内

本殿

本殿

自然の手水、伏水

随神門前の夫婦杉

社殿右に若宮社

由緒記
名称 若狭国一宮
 若狭彦神社上社
又、下社と併せて若狭彦神社とも、上下宮ともたたえまつる
 延喜式名神大社
祭神 若狭彦大神
海幸山幸の神話で名高い彦火火出見尊を若狭彦大神とたたえて奉祀する
所在地 福井県若狭国遠敷郡遠敷村龍前
昭和二十六年、町村合併により小浜市龍前となる
創建 奈良時代霊亀元年乙卯九月十日
昭和五十八年より一千二百六十八年前
祭日 上社 十月十日
下社 三月十日

−社前案内板より−


北陸道七カ国(若狭、越前、加賀、能登、越中、越後、佐渡)
 第一若狭国鎮守一の宮
  若狭彦神社
    若狭姫神社は北一・五粁
   御神徳
 御両社の創建は奈良時代にして、「海幸・山 幸」の神々の御神徳は悠久の時を重ねて広大 無辺なるも、就中、農林商業、漁業、縁結 び、安産育児、学問、厄除け、交通安全等の 信仰が深く、また、畳、敷物業の守護神とし て、特に近畿地方で名高く、今も遥々と参詣 される人々があとを絶たない。更に、昨今の 生活様式の多様化に伴い、インテリア装飾の 関係者も事業の発展を祈られる。

−社殿前案内板より−

創建の地である下根来白石は、若狭彦神社の更に南にある。
若狭彦大神は、白石の上に始めて垂迹したという。
その姿は唐人のようであったといい、眷属が八人。
その白石の下にある、鵜ノ瀬(二羽の黒鵜が二神を迎えた地)と呼ばれる淵が、
東大寺二月堂の閼加井に通じていると云われている、
ここには、現在、白石神社が祀られている。


鵜の瀬入口

鵜の瀬

鵜の瀬

白石神社

白石神社境内

史跡
「鵜の瀬」由緒記
天平の昔 若狭の神願寺(神宮寺)から奈良の 東大寺にゆかれた印度僧 実忠和尚が大仏開眼 供養を指導の后 天平勝宝四年(七五三)に二月 堂を創建し修二会を始められ その二月初日に 全国の神々を招待され すべての神々が参列 されたのに 若狭の遠敷明神(彦姫神)のみは 見えず ようやく二月十二日(旧暦)夜中一時 過ぎに参列された それは川漁に時を忘れて遅参 されたので そのお詫びもかねて若狭より二月堂 の本尊へお香水の閼伽水を送る約束をされ その とき二月堂の下の地中から白と黒の鵜がとび出て その穴から泉が湧き出たのを若狭井と名付け  その水を汲む行事が始まり それが有名な 「お水取り」である。その若狭井の水源がこの 鵜の瀬の水中洞穴で、その穴から鵜が奈良まで もぐっていったと伝える。この伝説信仰から地元 では毎年三月二日夜この淵の根来八幡へ神人と 神宮寺僧が神仏混淆の「お水送り」行事を 行う習いがある。

−案内板より−



最終更新日:2015/06/08
【 若狭彦神社 】

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