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比賣神社
ひめじんじゃ
富山県小矢部市宮中131  Zenrin Data Com Maps display !!


五三の桐

式内社 越中國礪波郡 比賣神社
旧郷社

御祭神
田心比賣命 天照皇大神 伊邪那伎命

富山県小矢部市にある。
石動駅の北3.5Kmほどの宮中に鎮座。
32号線を北東へ2Kmほど進み、桜町交差点で左折して74号線へ。
74号線を道なりに進んで、宮中で少し南へ入ると
ちょうど小矢部川の支流・子撫川が湾曲しているところ、
稲葉山の南西麓、集落の奥に東向きの境内がある。

垣に囲まれた境内の入口に石鳥居が立っており
鳥居の右手に「郷社比賣神社」と刻まれた社号標。
参拝は十月の晴天の日の夕方。
社殿の後方から、西に沈みかけた夕陽が射しており
完全な逆光で写真では暗い境内だが、肉眼ではもっと明るい雰囲気。

境内の中央に立派な木が聳えており参道正面に社殿。
ガラス張りの雪除けが設置された瓦葺入母屋造拝殿の屋根には
シャチホコが乗っている。
拝殿の後方にも鳥居があり、鳥居の奥に瓦葺の本殿。
拝殿の横から本殿へ進むと、拝殿に設置されている照明が灯っていた。
ひょっとすると人感センサーが付いていて僕に反応かもしれない。

創祀年代は不詳。
式内社・比賣神社の論社の一つ。

往昔は小矢部川の川上に鎮座していたが、
雄神川(庄川)・小矢部川の洪水で流出して当村に遷座。
『富山県神社誌』に「宮島と称し、郷内の中央に鎮座されたため、
村名を中村と称したという」と記されているが、よくわからない。
ひょっとすると、宮島と称する郷内の中央に鎮座されたため、
村名を中村(あるいは宮中)と称したということだろうか。
ひょっとすると宮中という地名は最近のものかもしれないが。

当時の国司・大友家持が斎木貞信を従六位に叙して
当社および長岡神社の神官に任じ、
宮島郷四十八ヶ村氏神惣社として崇敬された。

また、洪水で流出した御神体が藤の蔓に掛って当地に遷座したため、
藤巻様とも呼ばれているらしく、古い記録には藤巻山姫神社とある。

祭神の天照皇大神は明治四十年に合祀された神明社の祭神。

拝殿や本殿の屋根に桐紋が付けられていた。


社頭

鳥居と社号標

由緒書

境内

社殿

本殿

境内

延喜式内 宮中比賣神社
 小矢部市宮中に鎮座する比賣神社は、延喜 式内社として知られる。
 所謂「式内社」は、律令国家がその社格と 由緒を公認した神社で、神社の地位を示すも のである。延喜式神名帳には、越中国三十四 座礪波郡七座とあり、この中のひとつとして 当社の名が見える。
 市内には、当社と長岡神社が式内社に比 定されており、この地域が律令国家にとって 無視できない重要な地域であったことを示し ている。
 また、神社本庁編「神社名鑑」などには、 当社は古来より尊崇厚く、越中国司大友家持 参拝の際、斎木貞信を従六位に叙し、当社及 び長岡神社の神官に任じ、砺波郡神祇の府と し宮島郷四十三ヶ村氏神惣社としたとある。

−境内由緒書より−



【 比売神社 比賣神社 (小矢部市) 】

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