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式内社 土佐國土佐郡 都佐坐神社 大 土佐國一宮 旧國幣中社 御祭神 味鋤高彦根神 または 一言主神 |
高知駅から北東へ約4Km。一宮町にある。
楼門から参道が北へ延び、鳥居・拝殿・本殿と並ぶ。
社前の道路は幹線らしく、常に渋滞気味だ。
地元では、「シナネ様」と呼ばれる夏祭りで有名。
「シナネ」の語源は、志那都比古神とする説、
新稲が訛ったとする説などがあり定説はない。
楼門・鳥居・拝殿・幣殿・本殿が北へ一直線に並ぶ。
創祀年代は不詳。
続日本紀に、「高鴨神」が大和の葛城山で、
大泊瀬天皇(雄略天皇)と獲物を争い、怒った天皇は、
高鴨神を土佐に流したとある。
高鴨神は、はじめ、幡多郡の賀茂社へ流され、
次いで、ここ土佐神社へ移り祀られた。
この高鴨神を、通常一言主神とされているが、
一言主神については、大和の一言主神社に関する
古事記の伝承があり、そこでは雄略天皇と同じ姿形で登場し、
雄略天皇は畏れかしこまっており、上記の話と矛盾する。
ゆえに、高鴨神を味鋤高彦根神とする説がある。
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土佐神社 (志奈禰様)旧国幣中社 高知市一宮 土讃線 土佐一宮駅より北一粁 祭神 味鋤高彦根命 例祭 八月二五日 神紋 巴 本殿 入母屋造 一八、五坪 境内 一○○○○坪 攝末社 八社 宝物 本殿 幣殿 拝殿 鼓楼(以上各重文) 鯰尾の鈴 古鏡 太刀能面 氏子 五百戸 崇敬者 千人 神事と芸能 斎籠祭(三月一一日〜一三日) 由緒沿革 往古土佐にます神、土佐高賀茂大 社高賀茂大明神等と称し奉り、日本書紀によ れば創立年代は遠く上古にあるものの如く夙 に皇室の御崇敬篤く屡々勅使の参向あり、天 慶三年には正一位の神階に進ませらる。かく て土佐国総鎮守として武門の崇敬亦篤く殊に 元亀元年豪将長曽我部元親は本殿、幣殿拝殿 を再興し、慶長六年山内一豊、封を此の地に 亨くるや以前の社領を免許し、二代忠義に至 り摂末社を始め鳥居、楼門、鼓楼等を増築し 国中最上の祈願所となした。延喜の制には大 社に列し、明治四年土佐神社と称して格を国 幣中社に列した。(神社本庁別表神社) −『神社名鑑』− |
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