やほこ
徳島県阿南市長生町宮内463
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式内社 阿波國那賀郡 八桙神社
旧郷社
御祭神
大己貴命 他 三十四柱
八千矛神 『神名帳考證』『阿波志』
八桙神(建御名方命の子、あるいは曾孫) 『特撰神名牒』『大日本史』
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徳島県阿南市にある。JR阿南駅から西へ4Kmほど。
那賀川と桑野川に挟まれた肥沃なデルタ地帯の丘の上に鎮座している。
大津田から1Kmの参道が真直ぐに北西に延び、
その先に森のような丘がある。
『土佐日記』によれば、紀貫之が海賊を避けるため祈願した神。
当時は、この辺りまで入江であり、
海上・陸上交通の要衝に位置していた。
永井精古の『式社略考』には、
「古は此村悉く神領なりと言い傳へたり、
今に至るまで糞尿をもて肥とすること叶はず、
邑中の林竹を葬具に用ひる事ならず、墳墓を築く事ならず」とある。
神紋は「八桙」。中央に菊紋がついていた。
ただ、ある社殿には「卍字」がついていたし、
八桙の形も、輪宝の変型にも見える。
仏教の影響が残っているのだろうか。
参道に鳥居があり、その向うの森が境内。
境内に入ると、階段横に境内社の奥山神社(少名彦命)。
階段上に拝殿がある。
拝殿後方にコンクリートの社殿がある。神饌殿だろうか。
その後ろ、一段高く本殿がある。
社殿の左手に、幾つかの境内社の小祠が祀られている。
八桙神社由緒案内
| 一、 |
八桙神社は上古長ノ国造の祖神として竹原庄要津に鎮座す
長ノ国は北方粟ノ国と相対して阿波民族の源を形成す
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| 一、 |
承平四年朱雀天皇の御宇歌聖紀貫之土佐守の任満ちて上洛の
途上南海水道にさしかかりし時豪勢なる海賊に出逢い
航行不能となる直ちに那賀川河口に碇泊西瀉なる竹原庄
の要津に松壖栢城高く聳へ立ち威光海上を圧する八桙
大明神に祈願奉幣す
忽ち「霊験早印下之泥」海上無恙上洛せりとあり
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| 一、 |
長寛元年九月二十五日関白左大臣左大将正二位藤原基実卿
後白河上皇の勅令を承け法華八講料として免租
水田五段と紺紙金泥法華経一部八巻合せて五種十二巻を
奉納しこの善根に依り後白河上皇二条帝の宝祚を寿命
長遠に併せて二品家一門の神徳冥助を乞い並に南海水道の
海上安全を祈願す
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−境内案内−
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