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式内社 阿波國美馬郡 田寸神社 旧郷社 御祭神 月讀命 配祀 市杵嶋姫命 田寸津比賣命 田心比賣命 |
徳島県美馬市脇町にある。
阿波と讃岐の境に聳える大滝山(946m)の山頂に鎮座。
といっても、車道が整備されており、境内まで車で入ることができる。
僕も一度境内に入り車を停めて、
参道の階段を降って、入口の鳥居から参拝開始。
境内入口の隣には大滝寺があるが、参拝した日には
大滝寺には、大勢の巡礼者が、バスでお参りに来ていた。
参道正面の写真を撮るには、そのバスが邪魔だったので、
しばらく周囲を散策して時間をつぶす。
で、無事に鳥居を撮影し、階段を登って境内へ。
境内には、真直ぐに伸びた見事な巨木。
参道の木々も蒼々としていて良い感じ。
境内の左手に、灯明杉と呼ばれる一本の杉。
日清戦争が布告された夜に、この杉の穂先に灯りがともり、
講和の前日の夜に、その灯りが消えたといい、
日露戦争の時にも、この現象が繰り返されたという。
社殿の前にも古い鳥居があり、拝殿の後方に流造の本殿。
当社の創建は不詳。
社殿前にあった案内では、
夜の食国(九州と四国のことらしい)を統治した月読尊が、
大和や紀伊監視のために、
航海の神・田寸津姫命(宗像三女神の一柱)の部族を率い
伊予から阿波へ移り、大嶽山(大滝山)に櫓を設けて、
瀬戸内海の監視を行ったという。
後、空海24歳の頃、大滝山北面の崖に籠もって修行。
唐に渡る際に、大滝山の航海の神に安全を祈願して、
無事に唐に渡り、帰国後、門弟に別当寺を建てさせて奉仕したという。
大滝山の田寸津姫命を祀ったということから、
式内社・田寸神社の論社の一つ。
明治六年、神仏分離により、郷社となった。
拝殿の右手には、境内社・稲荷神社。
他にも祖霊社や、名前のわからない石祠がある。
『平成祭データ』には、熊野神社と八大竜王社とある。
本殿の屋根に、「丸に西」の紋が付けられていたが、
神紋かどうかは不明だ。
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西照神社
当社は、徳島県美馬郡脇町字西赤谷に鎮座しており、月読命市杵島姫命田寸津比売命田心比売命をお祀している。式内社田寸神社に擬せられる社。中古より「西照権現」と称したが明治初年に西照神社と改められた。明治六年(一八七三)に郷社となった。藩政時代に稲田家の崇敬厚く、高九八斗を寄進せられ、また高松藩松平家の御名付け所として崇敬せられ、五十石を寄進されたと伝えられる。「日本一社西照神社大滝山本宮」と称し、毎年春、秋二回、厄除際を執行する。なお、この地には、真言宗大滝寺があり、弘法大師が登ったと信じられている。 −『平成祭データ』− |