|
式内社 土佐國吾川郡 天石門別安國玉主天神社 旧郷社 御祭神 天石門別神(天津羽々命の父、天児屋根命の外祖父) 高靇神 |
|
神社明細帳に、勧請年月縁起等未詳だが、住昔
より小祠を祭り来れりとある。『土佐國式社考』は、「重遠
謂、此社在二神谷坤隅山上一、舊山麓巨巌下有二叢祠一不レ知二
何社一、元録壬甲、波川神主偶得二棟札拾巌穴一、驚而申レ府、
明年新徒二于此地一、邇日國宰寄二附水田若干一、祭祀加レ敬此
社之顯、豈人力之云哉、」その棟札については更に「其礼
云、天野岩戸安國玉之天神、天文九年(一五四○)庚子霜月
八日、勝賀瀬越後造二立之一、」と。引用が長いが、これが藩
政期、當社が式社と認定されたキメテである。(棟礼の末尾
には更に、祭日九月十八日下分勝賀瀬衛門太夫とある。)。 『皆山集』『南路志』には棟礼の発見について詳しい。 元禄五年(一六九二)の棟礼の発見者高加茂壹岐は、発見 の前夜同じ霊夢を見た日下・鹿敷の神主二人と共に巌石の 許に集り、波川の神主が魁して巌に梯をかけ登り蔦葛をむ しり明け、昨夜の夢の如く棟札を得た。勝賀瀬氏は、仁掟 川上流の勝賀瀬を本拠とする土豪で、神谷にも勢力を伸ば してゐたことは、『由緒畧記』に、勝賀瀬氏は惟宗姓にし て古へより神谷に土居を構へてゐたとあるによつても明ら かである。 −『式内社調査報告』− |