きりしま
鹿児島県霧島市霧島田口2608−5

式内社 日向國諸縣郡 霧嶋神社
旧官幣大社

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御祭神
天饒石國饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊
相殿 木花咲耶姫尊,彦火火出見尊,豊玉姫尊,鸕鷀草茸不合尊,玉依姫尊,神倭磐余彦尊

鹿児島・宮崎の県境にある。参道に新しい大鳥居。駐車場も広い。


一般客は下の拝殿で参拝。祈祷など特別の客は階段上まであがるようだ。


御祭神 天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊
御由緒
 当神宮は天祖天照大神の御神勅を畏み戴きて三種の神器(皇位の御璽)を奉持し、高千穂峯に天降りまして皇基を建て給うた肇国の祖神<天孫瓊瓊杵尊>をお祀りしているお社です。旧記によると欽明天皇の御宇(西暦五四〇年)、はじめ高千穂峯のほど近く脊門丘に社殿が建立されたが、その後たびたび噴火炎上し幾星霜を経て今から五百年前現在の社地へ御鎮座になりました。いまの御社殿は第二十一代藩主島津吉貴公が正徳五年(一、七一五年)に造営寄進されたもので、絢爛たる朱塗りの本殿、拝殿、勅使殿等その配置はまさに輪奐の美をなし、西の日光とも称せられる。特に殿内は漆塗りで二十四孝の絵画、龍柱、床には鴬帳りが施されている。明治七年二月「霧島神宮」と社号改定、官幣大社に列格仰せ出されました。
 畏くも昭和天皇陛下には二度にわたる御親拝を賜っております。平成元年五月国の重要文化財の指定を受け、海抜五〇〇米の此の地からは遥か錦江湾、桜島、開聞岳の眺望が実に雄大であります。高千穂峯(標高一、五七四米)頂上には神代の旧物”天の逆鉾”があり、中岳、新燃岳、韓国岳一帯はつつじ「みやま霧島」で有名です。
御祭儀
 歳旦祭(一月一日)、散籾祭(旧一月一日)、御田植祭(旧二月四日)、講社大祭(四月三日)、献灯祭(八月五日)、例大祭(九月十九日)、古例祭(旧九月十九日)、天孫降臨記念御神火祭(十一月十日)、新嘗祭(十一月二十三日)、猿田彦命巡行祭(春秋四回)、をはじめ大小あわせて年間百ほどの祭典が厳粛に斎行されている。

−参詣の栞より−

 鎌倉時代になって、霧島山の大噴火があり、社殿を焼失、その後、社殿を山の東にあたる長尾山に移し、東霧島神社と称した。文明一六年(一四八四)、島津忠昌は、この社を東西両社に分け、東社を瀬戸尾に遷座、この社が現在、宮崎県西諸県郡高原町の霧島東神社である。西社は、大隅国姶良郡田ロに建てられこれが、現在の霧島神宮である。当社は、明治七年(一八七四)迄は、霧島神社と称され、また霧島西御在所六社権現とも称されて、薩摩藩歴代の篤い尊崇と衆庶の崇敬を集めてきた。別当寺の霧島山錫杖院華林寺は、霧島六社の別当寺を全部統轄、霧島六社権現の中心的役割を果してきた。

−『神社辞典』抜粋−


霧島の麓、高千穂河原に古宮跡があり、登山口になっている。