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旧村社 菅原神 境内社 豊姫神社 式内社 筑後國三井郡 豊比咩神社 名神大 豊姫命 |
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祭神 菅原伊 由緒 不詳、明治六年三月十四日村社に定めらる。 字本山無格社天満神社を明治四十三年十一月二日合併許可、祭神同一なるを以て合霊す。 例祭日 十一月五日 神饌幣帛供進指定 大正十三年十月三十日 主なる建築物 神殿、拝殿、社務所 境内坪数 三千五百十三坪 官有地 氏子区域及戸数 二百八十戸 境内神社 水神社、水大神社、北原神社、豊姫神社、淡島神社、佐屋神社 −『福岡縣神社誌』− |
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本山の豊姫神社は、現在、同所の天満
神社の境内に末社としてある。石祠の背面に次のやうに刻
す。
豊姫宮ハ元東上村中組ニ鎮座アリシ社殿ヲ大正十四年
五月三日本山天満宮へ合祀シ後日石ノ小祠ヲ建立シ此
處ニ遷座ス 大正十四年十月吉祥日建立
石祠内に棟礼が保存されてゐるが、表に、「天保十四年
(一八四三)癸卯正月吉辰、奉再建豊姫神社寶殿一宇御井
郡上津荒木上邑氏子(以下缺)、當村大工宮嵜伊七弟子同
苗廣七」、裏に「従五位下川口甲斐守藤原朝臣常晴(缺)、
遷宮(缺)」とある。『筑後誌略』にも「御井郡上津荒木
村ニ乙姫神トテ僅ハカリノ小社アル是ナリト云へり。」と
ある。すなはち、現在地より北四百米のところが舊地であ
る。毎年正月初子ノ日に小松三本をここから掘りとつて、
高良山廣前に植ゑ申すぺき旨、二十七年己前、先々座主か
ら申聞かせられてつづけてゐる旨の『寛延年中の書上』
が、『太宰管内志』に引かれてゐる。このことはすでに
『高良記』にもあり、江戸期に入ってのことではない。
−『式内社調査報告』− |