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熊野神社
くまのじんじゃ
[長崎旅行] 長崎県壱岐市勝本町立石南触584  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 壹岐嶋壹岐郡 阿多彌神社
旧村社

御祭神
伊弉册尊 素盞嗚尊 事解男神 速玉男神
相殿
天照大神 国常立尊 正哉吾勝々速日天忍穂耳尊 天津彦々火瓊々杵尊
彦火々出見尊 軻遇突知命 埴山姫命 罔象女神 稚産霊神 大山祇神

長崎県の壱岐、勝本町にある。
湯本温泉に近い、立石南触の山中にある。
境内隣に、「勝本町立石地区老人憩いの家」が建っている。
道路を走行していると、何故か鳥居のある「憩いの家」が見つかる。
そこから、境内に直接入れるが、本来の入口は、
道路から少し下ったところにあり、木々の茂る参道を通り、
鳥居をくぐって階段を登る。

緑の絨毯の参道は、春の陽光の中に瑞々しく、雰囲気は良い。
境内の拝殿は、新しく、今風の建造物だが、
その背後の本殿は、なかなか立派な造り。
境内には、幾つかの石祠も祀られている。

当社は、式内社・阿多彌神社の論社だが、
同じく論社で、その阿多彌神社を社名にしている神社が、立石東触にある。

立石東触には「アタミ畑」があり、古代、この地をアタミと云ったことから、
延宝年間に橘三喜によって、その社は式内阿多彌神社に比定された。

ただし、この「アタミ畑」は「アザミ畑」が訛ったもので、本来の地名ではない。

両社とも湯本温泉に近い場所だが、温泉=アタミということだろうか。
つまり、式内阿多彌神社は、湯本温泉の神であるということ。

当社の熊野大神は、昔、足海(あるいは樽見、垂水とも書きタルミと読む)に
着津したものを、当地の豪族橘氏によって奉斎されたという。
その前身が、湯本温泉の神、阿多彌神社ではなかったかといわれている。

また、熊野をユヤと読む例もあり、湯屋に通じるとする見方もある。

「老人憩いの家」側にある鳥居から入ると普通の境内。
拝殿も趣のない構造だった。

だが、拝殿後ろに建つ本殿は、立派だ。
拝殿前に階段があるのを見つけ下りてみると、緑の世界。
緑の参道を逆行し、本来の入口から眺めた社域は、
厳かな雰囲気さえ感じられた。時間をも逆行したかのような不思議な感覚だった。


南参道

南参道鳥居

階段上から

東側入口と憩いの家

拝殿

中門と本殿

末社の石祠

本殿

昔の鳥居扁額

中門

境内社か?

熊野神社(旧号熊野大権現)由緒沿革
祭神伊弉册尊素盞嗚尊事解男神速玉男神
相殿天照大神国常立尊正哉吾勝々速日天忍穂耳尊
天津彦々火瓊々杵尊彦火々出見尊
軻遇突知命埴山姫命罔象女神稚産霊神大山祇神
例祭日十月二十九日 神幸祭、大神楽奉奏
浜殿ニ於テ餅ヲ撒ク、漁船パレード、假装行列
宮司吉野六男
一、 壱岐風土記ニ言ウ、当社ハ紀伊熊野大神ト同体ナリ、往昔 本宮和泉守橘貞兼熊野ヨリ迎ヘ奉リ勧請セリ
立石村ノ産土神ナリ
一、 昔熊野大神、足海ニ着給ヒシヲ、本宮和泉守橘貞兼 迎ヘテ斎キ奉ル、刈田院新田ノ東ニ腰掛ケ給フ石アリ
呼ンデ権現石ト言エリ
一、 神社考ニ言ウ、立石村ノ海辺ニ温泉アリ昔ノ代ニハ地名ヲ 「アタミ」ト言エリ、今ハ湯ノ本ト言ウ、温泉ニ近イ熊野権現ヲ 湯屋権現トモ言エリ
一、 橘貞兼高麗征伐ノ勅命ヲ承リシガ熊野大神ンイ祈リテ帰朝ノ 後、熊野ヨリ迎ヘ奉ル
一、 布代城主勧請シ奉ルトモ上川ノ居立石氏勧請ストモ言エリ
一、 聖武天皇七年(一二六〇年前)遣唐使多治氏廣成官命ニヨリ 御鎮座ナシ奉ルトモ言エリ
一、 左右矢大臣ノ銘ニ文明九年(五二〇年前)願主同作者橘頼兼 トアリ、頼兼ハ貞兼、忠兼、正兼等ノ裔ニシテ当社ノ社務ニ関係セシカ
延宝四年(三二〇年前)国主ノ命ヲ奉ジテ壱岐国式内社ノ 査定ヲナセル橘三喜ハ熊野神社、神主、立石刑部橘廣貞ノ次男ニシテ 平戸ニ住シ神道国学者トシテ有名ナリ、境内ニ立花社アリ、 橘廣貞ノ近親六柱ノ霊璽ヲ祀ル
一、 後光明天皇正保四年(三五〇年前)御殿造営、願主、松浦肥前 守源朝臣鎮信、神主、立石刑部橘廣貞
一、 寛文二年(三三〇年前)御宝殿造営、松浦肥前守源朝臣鎮信、 社司、堤主馬(刑部卿ノ弟)
一、 元禄二年大鳥居建設、祠官、神坂(堤)主水
一、 天保十五年鳥居献納、長谷川栄左ヱ門
一、 当社ニ霊剱(銅鉾)一口アリ彌生時代又ハソレ以前ノ遺品ナリ 外箱ノ銘ニ言ウ寛文十一年松浦肥前守源朝臣鎮信
一、 蛇神、コレハ蛇ノ剱ニカラメル石像アリ昔王子五郎家ニ鶏ヲ飼ウ 時ニ蛇来リテ之ヲ呑ム家人木ノ卵ヲツクリ之ヲアザムキシニ蛇木ノ卵ヲ 呑ンデ苦シミタオル之ヨリ祟リアリ、故ニ蛇神ヲマツル後祟リ止ムト
一、 又、神鏡一面アリ徑五寸、コレヲ御神体ト伝フル旨社記ノ一飾ニ記セリ
一、 当社ハ藩主ノ崇敬社ニシテ祭日ニハ度々参向アリ御造営ゴトニ 白銀五枚ヲ献ゼラル
一、 明治九年村社ニ列セラル
一、 明治十年石燈籠一対献納願主、氏子中、祠官、松永魚沖
一、 明治四十年七月神饌幣帛供進神社ニ指定サラレル
一、 大正八年石垣改修、氏子中、社掌、殿川真彦
一、 昭和四年御殿拝殿新築、氏子中、社掌、殿川真彦、大工豊田八百四郎、大工武田力三郎
一、 昭和三十七年御手洗所建設、湯ノ本中、宮司、松永常彦
一、 平成一年拝殿修理、氏子中、宮司、吉野六男

−境内案内より−



最終更新日:2013/10/09
【 熊野神社 (壱岐) 】

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