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加紫久利神社
かしくりじんじゃ
[鹿児島旅行] 鹿児島県出水市下鯖町1272  Zenrin Data Com Maps display !!


十六八重菊


丸に十文字

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式内社 薩摩國出水郡 加紫久利神社
旧県社

御祭神
天照皇大神
配祀 多紀理毘賣命 表筒男命 中筒男命 底筒男命 誉田別命 息長帶比賣命
合祀 伊邪那岐命 伊邪那美命

出水市にある。社殿や鳥居は新しい。
荒廃していた社を氏子一同により再建したらしい。
本殿に鶴亀の彫刻があり、鶴亀神社とも言うらしい。

参拝は年末の休日。鳥居脇には角松が飾られていた。

社殿前の階段の上に、狛犬ではなく小さな河童が置かれていた。
新田神社参道にも「がらっぱ大明神」という河童の像があった。
薩摩地方には河童伝説が多いのだろう。

創祀年代は不詳。
一説には、薩摩国発足にあたり、一国の国神として祀られたとも。

『文徳実録』に、仁寿元年(851)官社に預かったとある古社で
式内社・加紫久利神社に比定されている神社。

貞観二年(860)三月には従五位上、
貞観七年(865)五月には正五位下、
翌年四月には正五位上を授けられた大社。

明治六年県社に列したが、
明治十年の西南の役で兵火にかかり、悉く焼失したという。

矢筈嶽頂上に磐座があり遥拝する形式のはずだが、
境内由緒やリーフレットには記載がなかった。

境内に立派な境内社・稲荷神社があるのだが、
参拝した時は工事中、というより建替え中だった。


参道入口の鳥居

参道

門守

鳥居扁額

門守

境内

社殿

狛河童

本殿

拝殿

境内社の稲荷神社は工事中だった

石灯籠

薩摩二の宮 加紫久利神社(式内社)
一、祭神
 主神 天照皇大神 相殿 多紀理毘賣命 表筒男命 中筒男命 底筒男命 誉田別命(応神天皇) 息長帯比賣命(神功皇后) 伊邪那岐命 伊邪那美命 末社 神門神社(南)豊磐窓神(北)櫛磐窓神
一、由緒
 御鎮座年代は詳かではないが、遠く奈良朝のころの創建と 云われる。既に貞観二年(一八六〇)三月薩摩国従五位下加紫 久利神加従五位上と三代実録に載せられている。
 延喜式には、薩摩国頴娃郡枚聞神社(薩摩一の宮)薩 摩国出水郡加紫久利神社と薩摩国では二社記載され ており、古来薩摩二の宮として代々朝廷の崇敬厚く信 仰の中心であった。
 島津氏の治世になってからも特に薩摩の総社として 尊ばれ、二十二代島津吉貫公は社殿を改築して六十石を 與えている。社殿は歴代藩主の修理、改造、再建等十 余度に及び、明治六年県社として再興されたのちは 神域この上なく深く官民の尊崇するところであったが 明治十年六月三日西南の役の兵火にかかり門守社以外の 社殿、神山、神宝、古文書等灰燼に帰した。
 その後、明治十三年社殿は再興されたが、地租改正又農地 改革によって境内地は縮小された。
 そして戦御社殿は老朽し老樹は虫害を受けて神域は とみに荒廃するに至った。氏子一同真意気野荒廃を座視す るに忍びず、昭和三十六年社殿を改築、さらに平成 元年十二月改築される。
一、祭儀
 大祭 春季大祭(祈年祭)三月四・五日 大祭(御田植祭)六月二十二日 秋季大祭(新嘗祭)十一月二十三日
 中祭 歳旦祭、紀元祭、天長祭
 小祭 朔毘祭、月次祭等年三十回

−境内由緒−



最終更新日:2013/10/09
【 加紫久利神社 】

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