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宮崎県児湯郡都濃町大字川北13294

式内社 日向國兒湯郡 都農神社
旧國幣小社
日向國一宮

大己貴命
大那牟遅 『神社明細図書』
大名牟遅命 『特撰神名牒』
素盞嗚尊 『日向地誌』
饒速日命 『惣國風土記』(この書は偽書とされている)

都農川の北側、10号線沿いにある。
地図を見るとこの辺りで10号線が微妙に歪んでいる。

10号線側(西側)に大鳥居がある。
境内は広く、樹木も多い。10号線の喧騒も境内とは無縁。

神武天皇が日向を出立する時に祀った社であるという説もあるほど古い。

神功皇后の新羅征伐の折に祀り、御船の舳を守護し、
その後、韜馬峯(ウンカノミネ)で弓を射っていたところ、
土中に、黒い物を発見。掘ってみると、男女一対が出てきた。
そこで、彼らを神主として祭祀させたという。

境内は非常に清々しい。10号線側に白い大鳥居ができている。


都農神社 旧国幣小社
児湯郡都農町川北 日豊本線 都農駅より二粁
祭神 大己貴命 例祭 一二月五日 本殿 流造四坪七 境内 二九、二五五坪
攝末社 六社 宝物 面(木製)秦河勝奉納一、甲胃(紺糸威)秋月種樹奉納、棟札(元和元年、元禄五年)
氏子 二千五百戸 崇敬者 一万人
由緒沿革 当社は日向国の一宮、神階は従四位上に叙す。昔神武天皇日向国宮崎の宮を発幸し給いて、大和国にいでまししをり、此地を巡幸し給いしに、賊徒征伐御祈願の為斉い奉らせ給うという。されば本社創建の古き事はその比類稀なりというぺし。国華万葉記、和漢三才図会等に都農大明神児湯郡宮村にあり。祭神一座大己貴命と号すとあり。今も御鎮座の地を宮野尾又は宮村という。古来疱瘡、田畑の害虫に神験ありとして知られ、上下の尊崇篤し。明治四年国幣小社に列す。(神社本庁別表神社)

−『神社名鑑』−

都農大明神 児湯郡宮村(児湯郡都濃町川北)にある。
祭神一座 大己貴命〔宮崎社と号する〕(『国花記』による)

−『和漢三才図会』−