きりしまひがし
宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田6437

式内社 日向國諸縣郡 霧嶋神社
旧県社

伊弉諾尊,伊弉冉尊
配祀 天照大神,瓊瓊杵尊,天忍穗耳尊,彦大大出見尊
鸕鷀草葺不合尊,神日本磐余彦尊

高千穂峯の麓、御池側にある。223号線からかなり入った場所。


御池を見下ろす位置。朱塗り楼門は御池に向い、門前の二本の木に注連縄。



霧島東神社 旧県社
西諸県郡字原町祓川 吉都線 高原駅より南六粁
祭神 伊弉諾尊 伊弉冉尊 天照皇大神 天忍穂耳尊 瓊々杵尊 他一三柱
例祭 一一月九日
神紋 大法輪 本殿 千鳥破風造 弁柄漆塗 境内 六五、七五七坪
末社 七社 宝物 天之逆鉾、神代の岩笛
氏子 四五○戸 崇敬者 八百人
神事と芸能 神事(旧一一月一三日)三三番の神楽あり
由緒沿革 本社は天孫降臨せる霧島山を中心として発生した所謂霧島六社の一つで、崇神天皇の御代の創立と云う。室町時代に至り島津氏この地を領するに及び、文明一六年島津忠昌本社を崇敬し、本社と霧島岑神社を東西の両社となして本社を瀬戸尾の西北半里に遷し奉った。もと東御在所大権現とも称せられ、世々社家頭取の押領司氏を祠掌とした。累代藩主の参拝代参絶ゆることなく、社領五一○余石を寄せられ、社殿の修造等は悉く藩費を以って行はれ、明治一三年霧島神宮摂社兼郷社に列し、昭和九年県社に昇格した。

−『神社名鑑』−