ゆすはら
大分県大分市大字八幡987

旧國幣小社
豊後國一宮

仲哀天皇,応神天皇,神功皇后

10号線沿いに鳥居があるが、そこからかなり奥へ。途中から道は狭い。


朱塗りの朱が薄くなっているせいか、すすけた印象。
他の八幡とは祭神が違いところが面白い。


柞原八幡宮 大分市上八幡。旧国幣小社(現、別表神社)。二葉山とも八幡柞原山ともいう市街地西方の山の麓にある。「いすはら」とも「ゆすばる」とも呼び、由原とも書く。天長四年(八二七)延暦寺の僧金亀が創立し、国司の奏聞を経て官社に加えられた。宇佐神宮より勧請した古社で、国府所在地の八幡宮である。豊後国の一の宮と称し、嘉応三年(一一七一)の古文書に初めて見える。しかし一の宮の地位については西寒多神社と近世まで論争があった。中世以降は源頼朝の禁制、範頼の奉幣等があり、大友氏ら歴代領主の崇敬篤く、豊後第一の社として上下の崇拝を受けた。社記によれば宇佐神宮同様三三年ごとの造替の制があり、神宮寺は金亀の法脈を伝える金蔵院であった。大宮司・宮師・権宮師など祀職が配置され、四季の祭事に当った。祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后である。
 本殿は朱漆を主調に彩色され、槍皮葺の八幡造。申殿・拝殿・楼門と続き、東南の宝殿には春宮・若宮など末社が祀られている。楼門の南に南大門が建ち、樟の巨木に囲まれている。樟は天然記念物に指定され、社伝では、八流の自幡がこの樟にかかっているのを見て、金亀が神験として祀ったという。南大門は明治初年(一八六八)の建築であるが、彫刻が多く日暮門の名がある。例祭三月一五日、初卯祭という。九月一日より一一日まで末社武内社の神輿が賀来神社に神幸する。この間賀来の市がたって賑わう。また九月一四日より二三日まで浜の市神幸祭、仲秋祭とも呼ぶ放生会の神事があり、神興は生石浜に向かう。渡り拍子−笛、太鼓の囃子−を従え、三基の神興に出役数百人が加わる。浜に大のぽり二本を立て、浜の市が立つ。ここで磯良舞を奏する。大分地方には祭市が立つのが普通で、これを日本三大市の一つという。色紙餅、一文人形など独特の売物がある。社宝に金銅仏一体、太刀三口の重要文化財の外、由原八幡宮縁起二巻(『続群書類従』所収)など古文書類が多い。

−『神社辞典』−