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菊池神社
きくちじんじゃ
[熊本旅行] 熊本県菊池市隈府1257  Zenrin Data Com Maps display !!


並び鷹の羽

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旧別格官幣社

御祭神
菊池武時公 菊池武重公 菊池武光公
配祀 菊池武政公 以下二十六柱

熊本県菊池市にある旧菊池城本丸址に鎮座。
創建は明治で、新しいといえば新しい神社。

菊池氏は、肥後国菊池郷の豪族。
元寇や元弘・弘安の役で活躍した一族であり、
九州における南朝の首将として各地を転戦した。
明治維新後、楠正成の慰霊を祀る湊川神社の造営決定に続き、
造営が決まり、菊池城址に創建されたもの。

主祭神の武時は第12代、武重は第13代、武光は第15代頭首。
配祀の武政は第16代、境内社城山神社の武房は第10代、重朝は第21代。

菊池市総合庁舎の前、体育センターや市民広場の横にある鳥居をくぐり、
参道を進み、階段を登ると、神門のある境内。
城址にある神社は、やはり立地が良く、雰囲気も良い。
曇天なのだが、キリッした空気を感じた。

ところで、「九州の菊池」というと、
「男一匹ガキ大将」や「暗黒神話」といった漫画を思い浮かべるのは僕だけか。

参道入口には幟が立ち、参道には提灯がぶら下がっていた。

本殿のある垣内に、猿田彦大神らしき石碑が立っていた。
参拝中、神職の方々が、この石碑を祀っていた。


鳥居

参道

参道の鳥居

神門

神門から拝殿

拝殿

本殿

拝殿

本殿左の猿田彦大神石碑

菊池神社
祭神 建武の中興より南北朝に至る間、終始吉 野朝に精忠を捧げられた菊池一族の中、贈従一 位菊池武時命、贈従三位武重命、同武光命の三 柱を主神とし、殉皇の一族二十六柱の神霊を奉 祀する。

摂社・城山神社は元寇撃退に殊功をたてられた 贈従三位菊池武房命と肥後文教の渕源と 仰がれる贈従四位菊池重朝命二柱を祀る。 祭日(春四月一日・秋九月一日)

別宮・雲上宮は征西将軍の宮として終始菊池氏 と共に吉野朝に勤労を盡された懐良親王 (後醍醐天皇皇子)と、良成親王(後村上天皇 皇子)二柱を奉祀する。祭日十月十三日。

末社・稲荷神社・生目神社倉稲魂神と生目の 神を同殿に祀る。祭日二月初午日。

沿革 精忠義烈の菊池公の御神霊奉祀を希ふ 志士の建白天聴に達し「菊池ノ儀ハ嚢祖武 時以来累代王室ニ勤労シ其ノ誠忠臣分ノ 模範ニ相成候段兼テ御嘉賞被為在云云」 として慶応四年祭祀を仰せ出され、菊池本城 址の聖域を卜し社殿造営、明治三年四月二十 八日神霊御鎮座。同十一年別格官幣社に列し、 昭和六年十一月十二日天皇陛下の御親拝 を賜はった。又度々幣帛料の御供進に預った。

祭日 春祭四月五日
櫻咲き香るこの日を中心に献幣の大祭が行はれる。 秋祭十月十五日 十月十三日より別宮雲上宮の例祭に次で松 囃子を始め、数々の行事があり、十五日には 町内を巡って菊池氏発祥の地深川の頓宮ま で御神幸が行はれる。

宝物 有名な菊池家憲を始め菊池関係古文書 画像・菊池千本槍・武具等多数の歴史資料を 歴史資料館に展示する

神紋 並鷹羽
菊池六代隆直公の時代より之を用ふるといひ伝ふ。これより以前は日足紋(旭日紋)であった。

−境内案内−

拝殿左に、城山神社があり、その手前に馬乗石がある。


城山神社 菊池武房・菊池重朝

馬乗石

境内右手には、稲荷・生目神社。


稲荷神社・生目神社 倉稲魂神・生目の神

参道の階段途中、左手に、城山菅原神社と護国龍神の石が祀られている。


城山菅原神社参道入口

城山菅原神社(祖霊社)

護国龍神

社域の後方にある大堤(池)の左手に細い道があり、
その先の丘の上には雲上宮がある。征西将軍宮跡。



雲上宮入口

雲上宮
懐良親王・良成親王


征西将軍宮跡石碑


最終更新日:2013/10/09
【 菊池神社 】

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