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彌佐支刀神社
みさきとじんじゃ
[長崎旅行] 長崎県壱岐市郷ノ浦町大原触99  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 壹岐嶋石田郡 彌佐支刀神社
旧村社

御祭神
日本武尊
壹岐直真根子 『吉野氏系譜』

郷ノ浦港から、382号線を東へ3Km。
道路側にある志原小学校の隣に鎮座。

学校周囲の道路は新しく整備されており、
当社の周りも広い道が走っているので、
境内は明るく開放的だ。

境内に、コンクリートの池があり、中央には石祠があった。

嵯峨天皇弘仁二年(811)十月に創祀。
式内社・彌佐支刀神社に比定される古社。

壱岐の中心部に東西に走る低地は、
昔は沼地であったと考えられ、当社は南岸の岸に当る。
その沼を渡る場所として祀られた神が渡宮「トノ宮」であるという。

対岸の深江にも「鶴木」という地名があり、
当地もツルキという地名であったと考えられる。

ツルキをいう地名が、剣となり、八剣となって、
祭神・日本武尊へと変化したものとの説がある。

明治九年十二月四日村社に列せられた。

本殿は、覆殿に覆われ、確認できないが、
瓦葺の流造のような感じ。


社頭

鳥居

拝殿

社殿

由緒沿革
弥佐支刀神社(旧号八剣大明神)
  御祭神 日本武尊
    例祭十月廿一日神幸式神楽奉奏
当社は延喜式内の社にして壱岐国廿四座 の一なり。元は神度丘と云う所(神度丘と 八剣山との間百七十間也但し田圃を越ゆ) に鎮座ありしと。社記によると嵯峨天皇 弘仁二年(八一一)辛丑十月鎮座寛文十二年 九月(一六七二)御殿の造営あり。元禄十三年 (一七〇〇)今の地に遷し奉ると。
文徳天皇仁寿元年(八五一)正六位上に敍し 奉り陽成天皇元慶元年(八七七)中臣己部 両氏を参向せしめて幣を奉る。
醍醐天皇延喜五年(九〇五)に至るまで十二 回神階を進め給う。
後鳥羽天皇元暦元年(一一八四)同増位  平家追討の御祈祷に依りて也。藩主の崇 敬厚き神社にして例祭日には代参奉幣の 儀あり又祭日毎に祭米供進あり。
明治九年十二月四日村社に列せらる。
正殿は明治十八年四月廿五日改築せるもの。
明治廿九年九月神輿を購入。
現社殿は大正三年春の新築なり。
拝殿に横額あり「忠孝」の二字あり。
享保七年五月(一七二二)之を掛くと。

−境内案内より−



最終更新日:2013/10/09
【 彌佐支刀神社 】

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