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式内社 筑前國御笠郡 筑紫神社(名神大) 旧県社 御祭神 筑紫大明神(白日別神・五十猛尊) 配祀 宝満大神(玉依姫命) 田村大神(坂上田村麿) 筑紫神(筑紫国魂・白日別・鸕鷀草葺不合尊) 『筑後神社縁起』 五十猛命 『筑前國続風土記』 麁猛命 『筑前國続風土記拾遺』 大彦命(筑後國造の祖) 『筑前國風土記考証』 |
福岡県筑紫野市にある。
鹿児島本線原田駅の近く。丘の上に鎮座。
数回参拝したが、運悪く神職不在が続き、御朱印は未だなし。
だったが、今回、御朱印をいただいた。
創祀年代不詳。
式内社・筑紫神社に比定されている古社。
祭神は、五十猛神とも白日別神とも云われ
筑紫の国魂である筑紫大明神。
後に、玉依姫命と坂上田村麿の霊を配祀した。
もとは、筑紫の城山山頂に鎮座していたが、
後、麓に移転したという。
『筑後國風土記』に、「筑紫」の語源として以下の話がある。
昔、筑前と筑後の境の鞍韉盡坂(したくらつくしのさか)に、
麁猛神(荒ぶる神)がおり、往来の人々の半数を殺してしまう。
筑紫の君と肥の君らが占いによって、甕依姫を巫女として、その神を祀らせた。
それ以後、人々が殺されることはなくなった。
当社は、その麁猛神を祀った社ではないだろうか。
丘の上全部が境内なので広い。参拝は七月、夏の神社。
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福岡県筑紫野市原田。旧県社。祭神は白日別神・五十猛尊。 『三代実録』に貞観元年「従四位上」、元慶三年「従四位上」の神階昇格をうけたことがみえる。『延喜式』には「名神大」とあり、古くよりこの地「筑紫」の名を冠する古社。初めは城山の頂上にあったが崇敬篤く麓に遷座。たびたび兵火にかかったが歴代領主の寄進、造営あり。神殿は寛文二年(一六六二)、拝殿・神門は正徳二年(一七一二)の造営という。大正四年(一九一五)県社に列格。特殊神事に粥ト祭がある。例祭一〇月二〇日。 −『神社辞典』− |