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旧村社 高千穗皇神 天津彦火瓊々杵尊,木花開耶姫命 彦火火出見尊,豐玉姫命 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊,玉依姫命 十柱大明神 三毛入野命,鵜目姫命 太郎命,二郎命,三郎命,畝見命,照野命,大戸命,靈社命,淺良部命 他七柱を合祀 高千穂町の中心から高千穂峡へ向う道の途中にあり、 道路標識の案内通り進めば到着する。 道路脇に褐色の鳥居があり、参道を進み、階段を登ると境内。 木々に囲まれた神域。 参拝時は、小雨が降っていたのだが、 それが、ほどよい静寂を際立たせ、青葉の匂いを濃密にする。
当社は、高千穗皇神を主祭神とし、天孫・瓊々杵尊以下日向三代の皇祖を祀る。
また、神武天皇の兄・三毛入野命夫婦と八柱の御子あわせて十柱を合せ祀り、 明治までは、十柱大明神と呼ばれていた。 天慶年間(938−47)、豊後大神氏から養子に入った政次が三田井家を興し、 十柱大明神を、高千穂八十八社の総社として崇敬した。 創建由来はともかく、実質的には三毛入野命が主祭神だ。 夫婦神と八柱御子という図式は、京都八坂神社の素盞嗚尊(牛頭天王)のようだ。 この場合の「八」は、単に、多いということかもしれないが。 明治に入り、廃藩置県の過程で、当社の社格は変化する。 延岡県・美々津県の時代には、県社であったが、 宮崎県になって、村社に降格してしまう。なぜだろう。
当社の祭礼に、「猪懸祭」というものがある。
高千穂一帯に災いをなしていた「鬼八」という鬼神を、 十柱大明神が退治・鎮圧したが、鬼八の霊は、幾度も甦り、 産業への被害が続いた。 そこで、毎年日之影町岩井川の狩場で獲れた初猪を鬼八塚に供え、 荒ぶる御魂を鎮めたのが始まり。 祭神が、敵対する勢力を平定・鎮圧した後、その霊を祀るという図式は、 非常に興味深いものがある。 そういった霊を鎮め祀ることが本質、神社創建の主目的であるようにも感じる。 たとえば、吉備津の温羅にしても、そんな印象。 出雲大社は、征服された出雲族の長を祀っていると公言している。 また、鬼八の「八」と、八柱御子の数の一致も、意味ありげだぞ。 |