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伊弉册尊,速玉男命,事解男命,国常立命,火産霊命,彦火々出見命 10号線から耶馬溪へ向う44号線(宇佐本耶馬溪線)を南下。 しばらく走ると、眼前に円錐形の典型的な神奈備山が見える。 南下して、5Kmほどの場所にある稲積山だ。 稲積山の麓、伊呂波川の側にある神社が当社。 神社への道は狭く、車一台がやっと通れる幅。
宇佐神宮に関する辛嶋氏伝承では、八幡神は、欽明天皇の御代、
宇佐郡辛国宇豆高島に天降り、大和国の膽吹嶺に移り、 紀伊名草海島、吉備神島と渡って、宇佐郡馬城嶺に現われ、 乙咩社、 酒井泉社、 瀬社、 鷹居社、 小山田社、 現社地へと移ったとする。 その「宇佐郡辛国宇豆高島」が、この稲積山ではないかと、 「八幡信仰」において中野幡能氏は指摘する。 山の北側に「スエ村」があり、古くから辛嶋氏が居住した地。 また、修験道とも関連の深い山である。 求菩提山で千日行を行う修験者は、高瀬村ヤハタ八幡宮の海岸で禊をし ここ、稲積山権現参拝で峰入行を終了する。 稲積山という名からは稲荷系を連想するが、祭神は熊野系。 それが原始八幡信仰と関連があるというのも面白い。
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