からくにうずみね
鹿児島県霧島市国分上井898

式内社 大隅國囎唹郡 韓國宇豆峯神社
旧県社

五十猛神

霧島市(旧国分市)にある。建設中の東九州自動車道の側。

境内に「岡山市在住」の方が書かれた由緒があったが読めず。


韓国宇豆峯神社 旧県社
国分市上井 日豊線 国分駅より四粁
祭神 五十猛大神 例祭 三月九日 九月九日 神紋 五七ノ桐 本殿 春日造 一二坪余 境内 三、六二五坪 末社 三社 宝物 古器物面五つ
氏子 二六○戸 崇敬者 一二○○人
神事と芸能 祈年祭当日農耕籾種子播きの儀有り。
由緒沿革 延喜式神名帳に記載しあり、祭神五十猛命は造林航海の道を始め給し神にて父神須佐之男命と共に八十木種を持、韓国(外国の意)に往来し筑紫島より始めて大八洲国に悉く播殖せられた。永正元年の棟札に奉祀三座とあり。

−『神社名鑑』−

韓国宇豆峯神社 鹿児島県国分市上井。旧県社。祭神は五十猛神。創建年月は明らかでないが、延喜の制(九二七)小社に列せられている古社である。祭神五十猛神は、航海と造林の守護神として、古来衆庶の崇敬篤く、社号の韓国は外国を意味し、航海を意味するとともに、宇豆峯は、山林の美称であるという。当社は初め、宇豆峯という山の嶺に鎮座していたものを、永正年間(一五○四−二一)に現在地に奉遷した。また永正元年(一五○四)の棟札には奉祀三座と記されているが、明治に至り三座のうちの天児屋根命は加治木の春日神社に、もう一柱は、鹿児島郡武村の建部神社に合祀された。明治四年(一八七一)五月一四日、県社に列せられた。例祭は三月九日、春祭二月二○日。夏祭七月二○日。秋祭一一月二○日。

−『神社辞典』−