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 こよう
[大分旅行] 大分県中津市三保区伊藤田231


旧村社

御祭神
息長足姫命 虚空津比売命

中津市。10号線から逸れて、犬丸川に沿って西へ2Km進み、
南下した場所にある。
南下せずに、そのまま西へ2Km進むと薦神社がある。
また、南下し続けると10号線バイパスへ出る。
道路からは境内は見えないが、途中、地区案内の大きな地図があり、
そこからすぐの場所。

当社は「傀儡子(くぐつ)」で有名な神社。
宇佐神宮で始った、隼人の霊を鎮める放生会に奉納されたもの。
傀儡子舞と傀儡子相撲で構成された人形芝居だ。

舞で特徴的なのが、途中、磯良神の舞人形が登場した時、
舞の囃子が中断され、「のりごと」を唱えるシーン。
相撲で特徴的なのは、東西に分かれた取り組みで、
劣勢だった西方が、最小の住吉神の登場で挽回し、
勝利するストーリー。

磯良神と住吉神は、ともに海神。神功皇后の新羅征伐で活躍した神々。
隼人の反乱を八幡神が鎮圧した状況を演じているのだろうか。
隼人族は新羅の援助を得て反乱したらしい。
新羅征伐の再現なのだろうか。

参道の鳥居横には道祖神が祀られている。
境内入口には大きな木があり、その陰に本殿が見える。
境内の佇まいや社殿は古社の趣があり、
さすが、重要文化財を有する神社。
小さな石祠にも社名が記され、ありがたい。


入口の案内に傀儡子の図が描かれていたので、転記してみた。

相撲人形


お舞人形


国指定重要文化財(民俗資料)
 古要神社の傀儡子(六〇体)及び古要舞と古要相撲
 今から一二五三年の昔、養老三年(七一九)八月元正天皇の時 代、大隅日向の隼人族が大陸(新羅)からの援助を得て数万の 軍兵となり大和朝廷に叛いた。この時朝廷は宇佐八幡宮へ勅使を 遣わし御神託を仰いだので、豊前国司宇努男人は八幡宮の神輿を 奉じて、賊軍の征討に赴きこれを平定し、養老七年(七二三)無事 還幸された。しかしその後隼人族数千の怨魂のたたりか各地に悪 疫蔓延のため、その霊を供養すべく天平十六年(七四四)八月十五日 最初の放生会を仮宮(和間の浮殿)にて行ったが武家政権の発生に よりこの行事は次第に廃退した。応永年間の八月にも古式により行 われたが間もなく衰え、元和三年(一六一七)八月細川忠興公によっ て宇佐八幡宮の放生会としてようやく再興された。この放生会の際 舞わせたり相撲をとらせたりする傀儡子(木製人形)及び舞が当 社の神人形であり、民俗資料として国指定の重要文化財である 境内の埋蔵庫に保存されておりこの神事は旧暦閏年の十月十二日 に奉納される。
昭和四十七年記
中津市教育委員会
三保の文化財を守る会

古要神社の傀儡子
 3年に1度、10月12日に古要神社で傀儡子(木製の人形)による舞と 相撲が奉納されます。傀儡子の舞人形の大きさは、体長27cm〜40cm 位で、腕だけが動きます。相撲人形の体長は、最大の”祇園さま”が6 5.7cm、最小の”住吉さま”が33.2cmで、こちらは腕と片足が動き ます。これらの傀儡子の多くは、元和3年(1617)細川忠興が、新しく造 り直させたものです。
 その起源は古く、養老4年(720)の大隈・日向の隼人の乱の鎮圧に、宇 佐の八幡神は薦神社の三角池(中津市大貞)の薦で作った枕をご神体とし て神軍を率い、戦場で傀儡子を舞わせ見物している隼人たちを攻めるな どして勝利を得たと伝えられます。
 宇佐神宮の放生会は、この戦いで死んだ隼人たちの霊を慰めるため始 められたもので、昔は古要神社の傀儡子も奉納されていました。
 奉納のときは、拝殿の四周にめぐらした高さ1間の青竹に、青地に白 く染め抜いた剣花菱の紋の幕を張った内側で(正面の幅は2間)、人形ま わしが傀儡子を操ります。舞は、獅子頭と小豆童子が東西に控え、御幣 持・ハヤシカタの神々・磯良神・細男役の神などが次々と登場しては素 朴な動作をして退場します。途中、磯良神が舞台正面に位置したとき、 ハヤシを中断し”のりごと”が唱えられます。相撲は、東西12組の人 形を取らせ、半ばから西方が負け続けますが、最後には小兵の住吉さま が東方をなぎ倒し、祇園さまにも勝って終了します。
 静かでおごそかな舞に続いて活発でユーモラスな相撲はすばらしく、 吉冨町の八幡古表神社に伝わる”細男舞(傀儡子の舞)と神相撲”ととも に、日本最古の人形操りといわれ、我国の人形芝居のルーツとして、国 の文化財に指定されています。
 また、毎年8月7日の午前中に、古要神社の拝殿で”おいろかし”と いう人形および衣装の虫干しが行われます。
傀儡子60体・お舞人形26体・小豆童子2体
・相撲人形30体・獅子頭2面
国指定重要有形民俗文化財 指定 昭和31年4月26日
傀儡子の舞及び相撲
国指定重要無形民俗文化財 指定 昭和58年1月11日

−境内説明板より−





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