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月山本宮
がっさんほんぐう
山形県東田川郡庄内町立谷澤字本澤31  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴


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式内社 出羽國飽海郡 月山神社 名神大
旧官幣大社

御祭神
月讀命

山形県の月山(1980m)山頂にある。
羽黒山方向から南へ、月山山頂を目指して、ウネウネと登っていくと、
レストハウスのある月山八合目駐車場に到着。

前回、訪れた時は曇り空で、中之宮参拝中に雨が降り出し、
雨具の用意をしていなかったため、山頂を断念。
登ってきた道を下り、麓についた頃には晴れていた。

今回、山形の滞在予定は3日間。
その中で、天気予報で晴れると予報のあったこの日に登山と決め、
涼しい早朝(というか夜)に頂上を目指す。
登山は好きじゃないし、出来れば山に登りたくはないのだが、
山頂にしかお宮がないので仕方ない。

中之宮からは、弥陀ヶ原の草原の中を板の登山道が続くが、
しばらく歩くと、岩の道。
朝霧の中をハイキング気分でゆっくり歩き、
疲れたら休み、深呼吸して、山の霧を肺に溜め込んで
両手を広げて、朝日を身体全体に受ける。

ユルユルと登っていると、突然、中間地点の仏生池小屋に到着。
ここで一服し、再び、山頂を目指す。

あたりはすっかり明るくなり、時折、霧が晴れて青空も見えるが、
全体的に、雲の多い空。
霧も頻繁に発生して、絵葉書のような写真は撮れなかったが、
緑の山肌を見ていると、頬が緩む。

せっかく、登山客の少ない早朝に出発したので、
歩くペースを落し、前を歩く人が見えないくらいゆっくりと歩き、
後ろから登ってくる人には、先に進んでもらい、
山中に一人という孤高感に浸りながら登っていく。

月山登山は気持ちがよいのだが、ただ、ハエなどの虫が多く、
身体にまとわりついて来るのは不快でたまらない。

仏生池小屋を出て、少し歩くと、
頂上まで1.4Km地点に、行者返しと呼ばれる急な岩場がある。
役の行者が月山登拝の折、月山大神に修行未熟をさとされ、
引き返したという場所。
急な登りだが、数mしかないので簡単にクリアできる。

さらに歩き、山頂近くになると、板の登山道になる。
登山道が荒れたために修復したような感じだ。
板の登山道が終わると、そろそろ山頂が見えてくる。

山頂の月山神社は南に向いているので、
八合目駐車場からの登山道は、お宮の裏側に到着する。
正面に回って、石積みの参道を歩くと、境内入口。
山頂にあるため、境内全体が石積みで囲われている。
入口から中は撮影禁止。

境内に入ると、右手に休憩場。
先に進み、お金を払ってお祓いを受けて社殿の前に出る。
社殿の形状や大きさは、中之宮とほぼ同じ。
社殿前、通常の神社では賽銭箱のある場所に、
月を模した、新しい石の台があるが、ちょっと違和感。

史上にみえる最初の月山神に関する記述は、
『新抄格勅符』第十巻所引の宝亀四年(773)十月符。
神封二戸が寄進されている。

山頂の月山神社本社は、旧官幣大社。
延喜式に、月山神社名神大社とある神社。

参拝目的なので、参拝を終えると頂上小屋へは行かず、そのまま戻る。
滞在時間数分だった。

下りでは、多くの登山者とすれ違った。
盆休みのため、集団でゾロゾロと観光登山で登ってくる。
月山は信仰の山だけど、簡単に登れる観光の山でもあるのだ。


登山道

仏生池小屋

上から仏生池小屋。霧で霞む。

そろそろ山頂

山頂

頂上まで1Kmの場所
行者返し


入口


お宮の屋根

出羽三山神社参拝の栞

信仰の山・精霊の山・修験の山―国立公園・出羽三山

涼しさやほの三か月の羽黒山
雲の峰幾つ崩て月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
有難や雪をかほらす南谷
松尾芭蕉『おくのほそ道』

其玉や羽黒にかへす法の月
芭蕉、元禄二年(一六八九)盛夏出羽三山登拝の折認める「天宥別当追悼句文」

日本人の源郷(げんきょう)・出羽三山は、千四百有余年の歴史と伝統をもつ我が国有数の信仰のお山であり「羽黒派古修験道(はぐろはこしゅげんどう)」の道場です。

出羽三山とは−出羽国(でわのくに)(山形県など)にある月山(標高一九八四㍍)、湯殿山(同一五〇四㍍)、羽黒山(同四一四㍍)の三つのお山の総称で、三の数字は古来“聖数”とされ全国にその例は数多(あまた)あります。

出羽三山神社(でわさんやまじんじゃ)とは−月山頂上に月山神社、羽黒山頂に出羽(いでは)神社、湯殿山の中腹に湯殿山神社が夫々鎮座(ちんざ)されていますが、三つの神社を合わせて通称「出羽三山神社」といっています。また、月山神社と湯殿山神社は冬季の参拝が無理であることから羽黒山の出羽神社に三神を合祭し「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」と称し、恒例の祭典は三神社同時に合祭殿で行われます。

三山神社の御祭神は−月山神社は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御弟神であられる月読命(月読みの命)、出羽神社は出羽国の国魂(くにたま)であります伊氐波神(いではのかみ)と稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、湯殿山神社は大山祇命(おほやまつみのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀っています。他に広大な神社境内には、百一末社(まっしゃ)と総称される神々の社(やしろ)があって八百万(やおよろず)の神々が祀られています。

御開山の年と御開祖は−今を去る千四百余年前の推古天皇元年(五九三)に、第三十二代崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が、奈良の都からはるばる日本海を北上しこの地においでになり三本足の霊烏(れうう)の導きにより羽黒山を御開山され、次いで月山と湯殿山を開かれました。当社では蜂子皇子を「御開祖」と敬仰(けいぎょう)し、平成五年(一九九三)が開山の年から数えて千四百年に当ることから盛大に「御開山一、四〇〇年祭」を執り行い、年間を通してさまざまな奉祝記念行事や事業を行いました。

出羽三山神社の歴史と信仰は−御開山千四百余年、という類稀(たぐいまれ)な永い歴史と伝統をもつお山だけに時代によりさまざまな変遷がありました。そもそも出羽三山神社は自然崇拝、山岳信仰の“古神道”から発した神社ですが、平安時代の初め仏教の強い影響を受けて「神仏習合(しゅうごう)」し、明治維新の「神仏分離(しんぶつぶんり)・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」まで真言宗、天台宗など多くの宗派によって奉仕され鎌倉時代には「八宗兼学(はっしゅうけんがく)のやま」とも称されました。その為出羽三山信仰は他に例を見ない“多様にして限りなく深い信仰世界”を今に育(はぐく)み、「東(ひがし)三十三ケ国総鎮護」として篤く尊崇(そんすう)されています。
主な参拝所と見どころ

羽黒山−特別天然記念物・羽黒山表山道(二、四四六段の石坂)杉並木(一・七㌔)/須賀滝(すがのたき)/天然記念物・爺杉(じじすぎ)/国宝・羽黒山五重塔/史蹟・南谷(みなみだに)(芭蕉逗留地)/斎館(さいかん)(茶室など)/蜂子神社/三神合祭殿と鏡池(かがみいけ)/羽黒山霊祭殿/重要文化財・建治の大鐘/御開祖・蜂子皇子墓/天宥社(てんゆうしゃ)/出羽三山歴史博物館(羽黒鏡、芭蕉資料、出羽三山資料など多数。四月下旬〜十一月二十三日まで。有料)/吹越(ふきごし)神社と吹越篭堂(こもりどう)(山伏修業)

月山(七月一日〜九月中旬)−月山中宮(なかのみや)/東補陀落(ひがしふだらく)/御浜池(おはまいけ)/仏生池(ぶすいけ)/行者返し(ぎょうじゃがえし)/塞の河原(さいのかわら)/月山神社本宮(御室)(おむろ)/月山神饌池(しんせんいけ)/月山一帯の高山植物群落(お花畑)

湯殿山(四月下旬〜十一月上旬)−湯殿山神社本宮大鳥居(仙人沢)/行人塚(ぎょうにんづか)/仙人沢参篭所(せんにんざわさんろうじょ)/御沢掛け(おさわがけ)(巡拝)/御滝神社/湯殿山神社本宮巡拝/齋藤茂吉歌碑/湯殿山月光坂(がっこうざか)

俳聖・芭蕉と出羽三山
元禄二年(一六八九)盛夏、俳聖・松尾芭蕉は「奥の細道」行脚(あんぎゃ)の途次(とじ)、羽黒山南谷(みなみだに)などに七泊し出羽三山を登拝して念願の“奥詣で(おくもうで)”をはたされ、山内で蕉風の真髄・「不易流行」説を感得(かんとく)しました。



【 月山本宮 】

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