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式内社 陸奥國玉造郡 温泉神社 大己貴命 少彦名命 |
宮城県大崎市にある。
陸羽東線・鳴子温泉駅の南400mほどの鳴子温泉街にある。
境内入口は北東向きのようだが、
北側の道から、車で境内まで入れる。
温泉ホテルらしき建物の横に、細長い境内。
境内参道には、砂利が敷詰められていて綺麗だった。
参道脇には、相撲の土俵があるが、
当社例祭には、相撲が奉納されるらしい。
この奉納相撲は、
源頼朝による平泉征討の戦勝祈願の礼として
奉納されたことに始まるもの。
砂利の参道を歩くと鳥居が建っているが、
鳥居の脇には、小さな龍神の石碑が立っている。
参道を進むと社殿。
拝殿の後方に、垣に囲まれて流麗なフォルムの本殿がある。
参拝は夏休みの一日。
蒸し暑い午後の参拝で、
どこかの湯につかって帰ろうと思っていたが
参拝後にはすっかり忘れてしまった。残念。
温泉にある神社は、冬の方が良いかもしれない。
『続日本後紀』に
「承和四年四月戊申。陸奧國言。玉造塞温泉石神。
雷響振動。晝夜不止。温泉流河。其色如漿。
加以山燒谷塞。石崩折木。更作新沼。沸聲如雷。
如此奇恠不可勝計。仍仰國司。鎭謝災異。教誘夷狄。」
と記されている。
承和四年(837)、当地で大噴火が起り、
温泉の神を祀って、鎮めたのが当社の起り。
が、『続日本後紀』の記事は、川渡温泉の温泉石神社のものだろう。
式内社・温泉神社に比定されている古社。
ただし『封内名蹟志』には
「温泉の神社今宮なし其跡のみ残れり」とあり、
中古以来、廃絶していたようである。
境内には、こけし歌碑が建てられている。
鳴子は「こけし」で有名な地。
拝殿にも「こけし」が置かれていた。
また、境内の一角に土公神の石碑がある。
当社参拝時には神紋を確認できなかったが
『全国神社名鑑』には「丸に二引」と書かれていた。
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延喜式内社 温泉神社縁起
秋に行われる祭典には、近郷近在から大勢の 若者を集め、寄せ太鼓も賑々しく相撲を奉納す ることを常として。この相撲は「文治五年(一 一八九)源頼朝が、平泉の藤原泰衡を征討した 。この時、当神社に戦勝を祈願し、ことの成就 後神の御加護を謝して、部下の勇士による相撲 を奉納したことに始まる」とされている。鳴子 相撲は九州の「明鳥」東京の「浅草」と並び、 日本の三大田舎相撲の一つとして有名である。 昭和十年、拝殿建立に続き昭和十九年には本 殿の竣工をみた。総けやきの権現造りである。 例祭には、前記勧進相撲をはじめ、全国こけし 祭りなどの特色のある行事が、町を挙げて盛大 に催され、氏子だけでなく訪れる人々の大きな 楽しみとなっている。 −境内石碑− |