HOME [HOME]  >  [神社記憶]  >  [北海道東北地方]  >
メニューを消去する。ページを印刷するために。 印刷用ページ


刈田嶺神社
かったみねじんじゃ
[宮城旅行] 宮城県刈田郡蔵王町宮字馬場1  Zenrin Data Com Maps display !!


丸の内に
竪三つ引

式内社 陸奥國苅田郡 苅田嶺神社 名神大
旧県社

御祭神
日本武尊

宮城県蔵王町にある。
東白石駅の北1・5Km。白石川を越えた馬場に鎮座。
東北自動車道に近い場所。

鳥居をくぐり、参道を歩くと随身門。
随身門の奥が境内だ。

別名、白鳥大明神。

景行天皇の御宇、倭建命(日本武尊)東征の折、
砌陣を敷いた大刈田山薬師嶺(青麻山)に、尊を祀ったという。

一説には、平城天皇の御宇の創建という。

延暦20年(801)、西宮の若宮の地に遷座され、
白鳥明神と同殿となり、永正年中、現在地に遷座。


本社祭神に関して、『奥羽観蹟聞老志』には次のようにあるらしい。
「郷黨相傳フ、此神、乃用明帝之后妃薨シテ 化白鳥ニ、土人建祠祀之」
この用明帝之后とは、穴穂部間人皇女のことだろうか。
聖徳太子の母だ。

本殿左に、境内社が並んでいる。
確認できたもの、赤子養育神社、寶蔵稲荷神社。
他に二社。多分、山神社と愛宕神社。

本殿の近くに、根元付近で二股に分かれた巨木があり、
注連縄されていた。御神木だろうか。
なかなか見事だったが、暗くて撮影に失敗。


鳥居

鳥居扁額

参道

随身門

境内

本殿

拝殿

本殿左の境内社

舞殿

蔵王町指定文化財 刈田嶺神社々殿(三棟)
一、本殿 桁行三間梁間二間、三間社流造り銅板葺
二、拝殿 桁行六間梁間三間半、向拝二間、入母屋造り銅板葺
三、随身門 桁行三間半梁間二間半、八脚門、入母屋造り銅板葺
四、沿革 當社は延喜式内社で刈田郡総鎮守として、又伊達家の重臣 白石城主片倉氏(一万八千石)総守護神として古くから崇 敬を受けた名社で、白鳥明神とも称された。往古は大刈田 山(青麻山)の頂に鎮座したが、延暦二十年(八〇一)西山の若宮に 相殿となり、永正年中(一五一〇頃)現地に遷座された。本殿は享 保三年(一七一八)片倉家の手で、拝殿と随身門は、文政十年(一八二七) 宮の豪商森家の手で建築奉納された。向拝蟇 股の脚線、虹梁木鼻の彫刻、同袖部の若葉文、頭 貫の絵模様等に力強い美しさがあり、藩政中期の建 築様式をも残し、学術上極めて貴重である。

−社前案内より−

本殿の後ろに、白鳥古碑群と称して、五基の石碑が並んでいる。
どれにも白鳥が刻印されている。


本殿後方にある、白鳥古碑群

重要文化財(町指定)
白鳥古碑群
この地方には古くから白鳥を 神のお使いとして尊ぶ習慣があり その崇拝の証として白鳥の碑が 建てられたと伝えられている。
(左から)
寛文十三年(一六七三年)銘碑
元禄十二年(一六九九年)銘碑
文政十一年(一八二八年)銘碑
元文 元年(一七三六年)銘碑
元文 四年(一七三九年)銘碑
この古碑群は、”白鳥塋域”として 保存管理されてきた
寛文十三年銘碑は町内最古の 古碑である
昭和五十三年十一月二十日蔵王町 重要文化財に指定されている

−境内案内より−



最終更新日:2013/10/09
【 刈田嶺神社 (宮馬場) 】

ボーダー




北海道・東北地方
japanmap
全国 北海道・東北地方 関東地方 甲信越地方 北陸地方 東海地方 関西地方 中国地方 四国地方 九州・沖縄地方
札幌市 中央区
函館市



伊具郡 丸森町
遠田郡 涌谷町
塩竈市
加美郡 加美町
加美郡 色麻町
角田市
刈田郡 蔵王町
気仙沼市
宮城郡 七ケ浜町
宮城郡 利府町
栗原市
黒川郡 大衡村
黒川郡 大和町
黒川郡 富谷町
柴田郡 大河原町
石巻市
仙台市 太白区
多賀城市
大崎市
登米市
東松島市
本吉郡 南三陸町
名取市
亘理郡 亘理町